第1章 呼牛呼馬 4
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二週間後、最終審査の合格通知が届いた。
「お母さん、僕、やりたくない」
「お願い、渉。お兄ちゃんのために、やってあげて……」
「翔くんだけやったらいいのに……」
渉は左の頬に異変を感じた。片側顔面痙攣だった。これまでにも何度か起きたことがあったが、唇を強く結ぶと治まると分かっていたので、そうして美和から顔を逸らした。
二人が受けたオーディションの映画のタイトルは『駒鳥』で、童話『マザー・グース』の『クックロビン』をモチーフにしたストーリーである。
物語は、日本の人口八十人ほどの離島にアメリカからキリスト教の宣教師一家が住み着くところから始まる。島には十世帯ほどの家族が住んでおり、島の住民たちは英語を学びながら外国人一家と親交を深めていく。
島で生まれ育った中学三年生の晃は、アメリカ人一家の同世代の娘ナンシーと友達になるが、ある日、子供の変死体が発見され、事態は急変する。警察官も駐在しておらず、インターネットも普及していない離島で、誰かが犯人探しを始めたことで、住民たちは次第に疑心暗鬼に陥っていく。
子供はドクウツギを食べて食中毒で命を落としただけだったが、アメリカ人一家が住む半年前に島に移住してきた夫婦は、実は東京で強盗殺人を犯して、偽の戸籍を使って島に移住していた。夫婦は自分たちの罪が発覚することを恐れ、アメリカ人一家をその犠牲に仕立て上げようと仕向ける。外部との通信手段を遮断され、島から脱出する船も破壊され、住民たちは次第に、隣人でさえ犯人だと疑い始める――。
ナンシーを守る役は当初、中学生の晃だけだった。だが、オッテリーニは渉と翔が兄弟だと知って、脚本を書き直すように指示した。主役は渉のままだったが、翔にも物語の中で大きな役割が与えられた。
美和は息子二人が一緒にハリウッド映画に出演するという興奮とともに、賞金の百万円、今後の出演料、パートを辞められるという喜びを密かに噛みしめていた。
「僕、やらない。剛と遊んでくる」
渉は家を出て行った。
美和は肩を落とし、ため息をついた。
隣の部屋から翔が現れた。
「無理か……」
「こうなったら、翔だけが映画に出る方向で考えたら――」
「監督は、渉と俺をセットで考えてる!」
翔の苛立ちを感じながらも、美和は嫌がる渉を無理やり出演させることに、どうしても踏み切れなかった。
「俺だって、本当は一人で出演したい……」
翔は苦しげに呟くと、美和に背を向け、自分の部屋へ戻っていった。
団地敷地内の公園で、渉が剛と忍者ごっこをして遊んでいると、複雑な面持ちの翔が現れた。
先に気づいたのは剛だった。
「渉、翔くんが……」
「えっ?」
後ろを振り向くと、翔が立っていた。最終審査で忍者になり切ったあの日以来、翔から無視されていたので戸惑った。
「渉、ちょっと話をしないか……」
「渉、俺は先に帰るな」
剛は忍者のように素早く走り去っていった。
「頼むから映画に出てくれ」
「僕……やりたくない……」
「渉がやらないと、俺は映画に出られないんだ」
「どうして?」
「――お前はもう忍者になれただろ。俺は俳優になりたいんだ」
「でも……」
「俺と一緒に映画に出てほしいんだ。お願いだ……俺の夢を叶えられるのは、渉、お前しかいない……」
渉の肩に両手を置き、懇願した。
渉は翔の夢を叶えてあげたいという気持ちは少なからずあった。
「――もう無視しない?」
「ああ、約束する。もう無視はしない」
渉は少し考え、顔を上げて言った。
「じゃあ、翔くんの夢を叶えるために、僕も映画に出る」
「本当か、渉!」
翔は満面の笑みを浮かべた。
「でも、もう無視しないって、約束の指切りをして」
立てた小指を翔に見せて言った。
「分かった」
翔は渉の小指に自分の小指を引っ掛けた。
「翔くん、藍ちゃんの指切り覚えてる?」
「藍ちゃんのは……確か、『よしもと新喜劇』のやつだったな」
「うん、そうだよ」
渉は翔が覚えているのが嬉しくて、照れ臭そうに答えた。
「いっせーのーで」
「指切りげんまーん、嘘ついたらはりせんぼ。はーりーせーんぼー、飲ます。指切った!」
二人は一緒に笑顔で歌った。
隠れていた剛が現れて、二人に言った。
「また皆で『よしもと新喜劇』を観に行こうぜ!」
「そうだな」
翔は剛を見て微笑んだ。
美和が心配そうに公園に現れた。
「あっ、お母さん!」
渉は微笑みながら美和に手を振り、「僕、翔くんと一緒に映画に出るよ」と言った。
「そう……」
美和は驚きながら、翔を見た。
「そういうことだ」
照れながら言った。
「今日はお寿司でも取って、剛くんと一緒に食べようか?」
美和は嬉しそうに皆に言った。
「やった! お寿司だ!」
渉と剛は喜びながら走り出した。
「翔、本当によかったわね」
「うん、何とか……。この映画で俺の実力を発揮して、渉なしでもやれることをオッテリーニ監督に見せてやる」
「お母さん、応援するわ」
「ありがとう……」
いつの間にか、夕暮れ時になっていた。




