第5章 牽攣乖隔 9
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日本全国の鮮やかな焼き物が陳列された店内には、人の気配は感じられなかった。
「すみません」
渉が店の奥に向かって声をかけると、高齢の男性店主が現れた。
「見てもいいですか?」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
伊賀焼が陳列されている場所に泰斗の作品が幾つかあったが、傍らに見憶えがある抹茶碗に気づいた。
小さな名札には『伊賀志野抹茶碗 帯谷志野』と書かれており、渉は思わず息を呑んだ。
店主の許可を得てドキドキしながら志野の作品を手に取ると、身体に電流が走った。
「ゴンさん、聞いて……お父さんにこの抹茶碗を褒められたのよ」
志野の声が聞こえ、伊賀での記憶が一気によみがえった。
十二月の穴窯焼成に間に合うよう、渉は彼女のために粘土を練った――あの時の抹茶碗だった。
泰斗の山麓から採取した伊賀産蛙目粘土のはたき土を使って、成形された抹茶碗に志野釉(白色釉薬)が掛けられて還元焼成された作品は、焦げや薄っすらと掛かったビードロ釉も愉しめながら、表面には志野焼特有の白いぶつぶつが現れて、高台の素焼き部分には緋色が広がっていた。
伊賀志野茶碗は、白猫と志野の痣が調和された美しい仕上がりになっていた。
「焼き上がった作品を手に取ると、作り手の気持ちが伝わるのよ」
抹茶碗からは志野の渉への愛情が汲み取れた。
「帯谷志野さんは今年、伊賀伝統工芸展で入選されたそうです」
「えっ?」
渉は驚いて店主を見た。
東京に戻ってから、志野との関係を誰かにネット上で暴露されているのではという不安を抱き、泰斗や志野の名前を検索するのは避けていた。
「帯谷志野さんは現代に合わせて伊賀焼の土を用い、他の焼物と組み合わせた作品づくりを楽しんでいます。――これから伊賀焼を支える陶芸作家として活躍されることでしょう」
店主の言葉に胸が熱くなり、抹茶碗を掲げて言った。
「これ、ください!」
志野の作品にはまだ共箱がなかったため、店主はミラーマットで丁寧に抹茶碗を包んで紙袋に入れてくれた。
「それにしても……帯谷泰斗先生は本当に残念でした……」
店主が思い出したように口にした瞬間、渉の顔が一気に曇った。
泰斗は七月に心筋梗塞で亡くなっていた。
その頃、陶犬茶房に電話をしたが誰も出なかったことを思い出した。吉報に続いて悲報を聞くなんて……ショックでめまいを覚えながらも、紙袋をしっかり握りしめて陶磁器店を出た。
――志野は今あの陶房で独りぼっちなのか……。
サフラがそばにいると分かっていても、父親を失った志野のことを思うと居ても立ってもいられなかった。
憂いに沈む渉の目の前に、翔の車が乱暴に止まった。
「あー、渉、ここにいたか! スマホのGPSも案外役に立つな」
運転席から翔が降り、助手席から怪しげな男が現れた。
「紹介するよ。西野さんだ」
「初めまして」
西野は握手を求めたが、渉は呆然としていた。
翔は渉の肩に手を回して言った。
「実は、西野さんと芸能事務所を開業しようと思って……。だから渉には俳優業をまだ辞めてほしくないんだ」
頭の中は泰斗と志野のことでいっぱいだった。俳優を辞めると決心したのに翔は何を言い出すのかと腹が立った。――呼吸が乱れていくのが分かった。
「俺、興味ないから……」
声を震わせながら答えた。
「そんなこと言うなよ……」
渉に絡む翔を見て、陶磁器店の店主が怪訝な表情で現れた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。――お店の前ですみません」
店主に頭を下げたが強烈な頭痛に襲われた。いや、耳障りな蝉の鳴き声が辺りに響いていただけだったが、ふと鳴き声が止まった。
「今よ……一瞬だけ……蝉の鳴き声が止まって静けさがある時に両目を閉じると、自分の心の声が分かるのよ」
志野の声が聞こえた気がして、渉は両目を閉じた。
――戻りたい……。伊賀に戻りたい……。
また蝉がうるさく鳴き出した。
自分の心の声をはっきりと聞き取った渉は、意識を失い、地面に崩れ落ちた。
「渉! おい、どうした!」
翔は慌てて渉を抱きかかえた。




