第5章 牽攣乖隔 5
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「志野です。――また連絡します」
渉が志野からの留守番電話を確認したのは、映画の撮影が終わった後だった。
プライバシーがない陶犬茶房から電話するのは気が引けるだろうと感じたので、公衆電話で使えるテレフォンカードを千円分、十枚も志野に送りつけた。
宛先は茶房なので祐太が開封しないように、封筒の表には大きく赤字で『無断開封禁止』と書いた。手紙はしおらしく『志野へ これで電話をください。 ゴン』とだけ記した。本当は名前はゴンではなく本名の渉と書きたかったが、まだその勇気はなかった。
祐太が志野に手紙を渡すか心配だったがすぐに電話がかかってきた。
留守番電話のメッセージを何度も再生しながら、渉は志野と過ごした熱い思い出を振り返った。まだプロポーズの返事が聞けていないので次こそは確認したいと思う一方、断られたらどうしようという不安もあった。
東京の生活に身体が馴染み始めた頃、事務所からモデルの仕事を勧められた。小百合とブッキングしなければ受けてもいいと伝えると、翔は苦笑しながら「渉、俺に気を遣わなくてもいいぞ」と言った。
撮影中にまた公衆電話から着信があったが応対できなかった。愛おしい志野からのメッセージが入っているかと期待したが何も告げず数秒だけ鳴ったあと切れてしまい、渉は寂しい気持ちになった。
マンションに戻るとタイミングよく電話が鳴ったので慌てて出た。
「もしもし!」
「――ゴンさん?」
「ああ、俺だよ、志野」
顔を輝かせながら答えた。
「よかった……やっと繋がって……」
「さっきも掛けてくれた?」
「うん。個展に行けなかったことを直接謝りたくて……」
「麻矢さんからいろいろあってって聞いたけど、何があったの?」
「うん……いろいろ……。お父さんから、ゴンさんが来ていたのを聞いたから……。約束していたのに行けなくてごめんなさい……」
「いいよ、別に……。茶房から電話しにくいと思ってテレフォンカードを送ったけど、祐太がきちんと渡してくれて安心したよ」
「うん、きちんと渡してくれたよ」
「祐太はいつも電話の邪魔をするから」
「最近、祐太はイラついてて……でも、私の代わりにゴンさんの映画を二本もレンタルしてくれたのよ」
小百合とのベッドシーンを志野に見られたか! と焦った。
「ゴンさんのデビュー作を観たよ。『駒鳥』の四季が美しかった。小さい時のゴンさん、忍者みたいに飛び回ってかわいいなーって思った」
「お父さんと観たの?」
少し照れながら聞いた。
「茶房で皆と観たのよ」
「皆って?」
「私と、お父さんに祐太と麻矢」
「他の一本は?」
「もう一本は、フランス映画の『Gravitate』」
渉は小百合と共演した映画やドラマをレンタルしなかった祐太に感謝しつつも、志野のことを気遣っただけだろうと考えヤキモチを焼いた。
「『駒鳥』よりもよかったー」
渉は驚いた。『Gravitate』はほとんどヒットしなかったインディペンデント映画でレビューも賛否両論。理解しがたい脚本だった。
物語は耕一扮する渉がフランスの死体安置所で働く医学生という設定から始まる。ある日、同世代のフランス人女性ジュリーの刺殺遺体が運ばれてきて、耕一はジュリーに惹かれる。
耕一は生きているジュリーを妄想しながら、独自に彼女を殺めた犯人探しを始めるが、実は耕一がモルグに運ばれた遺体で、ジュリーがそこで働く医学生という逆転劇になる。
ジュリーも耕一の遺体に魅きつけられるが、二人は決して結ばれることのない悲劇的な運命にある。
「結ばれない相手をずっと思い続けるなんて……切なくて……でも、美しい映画だったわ」
志野はうっとりしながら語った。
――結ばれない相手を思い続ける?
渉は「あっ」と気づいた。
中川は石田への思いを映画にしたのだ。
ラストで死んでいたのは女性ではなく耕一で、女性が耕一を思いながら物語が「Fin」を迎える。
――さすが中川さん。
「ゴンさんの次の映画が楽しみ」
「――花見に参加できなくて残念だったよ」
照れながら話題を変えた。
「うん。お父さんと二人でしたよ。――あっ、サフラもね」
「サフラは元気?」
「ゴンさんがいなくて寂しそうだけど……」
「来年は三人で花見をしよう」
伊賀に戻るつもりで言った。
「うん。皆でお花見ができたらいいね」
志野はさらりと言った。
渉は「三人」ではなく「皆」と言われて心が乱れた。
祐太や麻矢は山麓では家族の一員かもしれない。でもあの桜木は特別な思い出が詰まった場所で、渉は志野と泰斗と三人で花見をしたいと思っていた。
公衆電話のブザー音が鳴ったので慌てて「あっ、プロポーズの――」と言ったが、電話はすぐに切れてしまった。
その日はもう志野から電話はなかった。
改めて『Gravitate』を鑑賞すると切ない映画だったと気づいた。
撮影時は中川の石田への思いを知らなかったが、今は会えない人を想う気持ちが痛いほど分かった。
「この映画、ほとんど興行収入なかったらしいぞ。――中川さんの独りよがりな映画だったな」
帰宅した翔が渉に言った。
「いい映画だ」
「どこが?」
「耕一を自分に、ジュリーを愛する人に置き換えて観ると捉え方が変わってくる」
「へぇー」
深夜、渉は翔が密かに『Gravitate』を観ているのを見逃さなかった。




