第4章 脱同一視 6
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「ゴンさんは参加しないほうがいいと思う」
麻矢は真剣な面持ちで皆の前で言った。
十二月上旬に穴窯焼成を行うが、五日間、火を絶やさずに薪を焼べ続けなければならない。泰斗、志野、祐太、知人の陶芸家夫婦、陶芸教室の生徒三人――合計八人で焼成を行うつもりでいたが、夕食中、渉が「参加したい」と申し出た。
「でも……生徒さんの一人が岸部渉のファンだって」
麻矢は難色を示した。
「ファンだったら気づくだろうなー」
祐太も心配そうに言った。
「焼成中に気持ちが緩むと作品が命取りになるからな……。ゴンさんには今回は我慢してもらうしかないな」
「お父さんがそう言うなら……今回は我慢します……」
渉は残念そうにうつむいて答えた。
「焼成準備も含めた約一週間の間は、ゴンさんには茶房の二階に住んでもらうわね。私の部屋を使って」
志野が言った。
「ゴン、一週間きちんと潜んで暮らせよ」
祐太は尊大に言ったが、渉は無視した。
その日はすぐにやってきて、渉は志野が高校を卒業するまで使用していた部屋へ移動した。
好きな芸能人のポスターが貼ってある女子らしい部屋かと期待したが、殺風景で本棚は陶芸にまつわる本で埋め尽くされていた。
「志野らしいな」
渉はクスッと笑った。
焼成は三つのチームに分かれて行うが、体力に自信があると豪語する泰斗はほとんど穴窯のそばを離れないつもりでいる。
志野と祐太も焼成チームに入っているが二人は茶房を行き来して、皆の体調管理や食事の用意を担当する役目も担っている。渉と志野の寝室は女性陣、泰斗の部屋は男性陣が使う就寝部屋となる。
麻矢は崇と雅人を幼稚園に送り出してから皆の食事の準備に追われる。茶房は常に誰かが出入りするので、渉は一階には降りるなと祐太に強く念を押された。
「辛いと思うけど、一週間我慢してね」
ゴンの正体が岸部渉だと知られることを麻矢は警戒していた。失踪した有名俳優がこの聖域にいると知れれば、マスコミやファンが押し寄せてくるかもしれない。そうなれば泰斗や志野は作陶に集中できず、息子たちに危険が及ぶ可能性もある。
この穏やかな生活を守るためにも、渉には二階に留まっていてほしかった。
「はい、分かりました……」
渉は志野と一週間離れて過ごすことに不安を感じていた。何より、このままの素性では来年五月の焼成にも参加できない。
――このままではいけない……。
渉は電気窯で焼いたぐい呑みを泰斗に褒められ「本格的に陶芸を学ぶ気があるなら一から教えてやる」と言われた。泰斗の言葉に胸を打たれ、東京に戻って諸々を清算しなければならないと感じていた。
CMの違約金はきっと数億円にのぼる。それを考えると気が重かったが、石田が管理している貯金でどうにかなるはずだ。翔は渉のマンションに住みつき無断でクレジットカードを使っているだろう。引き落とし口座の残高を思えば家賃の支払いも含め、そろそろ底を突くはずだ。そうなれば翔も慌てて渉を捜し始めるに違いない。
陶犬茶房の二階に身を潜める一週間は、渉にとって今後を見つめ直す時間になりそうだった。
「あー、志野に会いたい……」
この部屋に入って一時間も経っていないのに、渉はぼやいた。
翌日から穴窯焼成が始まり、一階の茶房に慌ただしく人が出入りするのを渉は身体で感じ取った。身を潜めて窓の外を覗くと、エンジンが掛かったままの祐太の車が停まっているのが見えた。一目でも志野の姿を見たいと思ったが、収納ケースに入った食事を車に詰め込んでいる祐太が上を見上げたので渉は慌てて身を伏せた。
麻矢は志野に頼まれて渉のために金継ぎの本を何冊か持って来た。ざっと目を通しただけだったがどの本も金継ぎの工程が異なっていて、興味をそそられ金継ぎをやりたくなった。
「ゴンさん、この部屋で金継ぎをするなら、崇と雅人がいない時間にお願いね」
麻矢の言葉には「ここにゴンさんがいることは内緒だからね」と最初から頑是無い息子たちに嘘を教えたくない母親の思いがひしひしと伝わったので、渉は金継ぎを諦めて本だけ読むことにした。
二階にもトイレと浴室があるので、崇と雅人が幼稚園へ行っている間や就寝後に利用した。
志野からもらった聖書を持ってきたが開く気力が湧かなかった。パソコンやテレビは避けていたので麻矢が時間を潰すためにと祐太の漫画をたくさん持ってきてくれたが、今後を考えると不安ばかりが募って読んでいても内容が頭に入ってこなかった。
渉はベッドに横たわって天井を見上げながら今までを振り返り、両目を閉じた。深い眠りから目を覚ますと深夜になっていた。
麻矢が作った夕食がキッチンラップで包まれテーブルの上に置いてあったが、手をつけることなく朝まで眠り続けた。




