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陶犬瓦鶏  作者: 猫田たい子
第四章
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第4章 脱同一視 4

4


 夕食が終わると、志野は居間や泰斗の部屋に飾ってある器の梱包を始めた。

「ゴンさんは先にお風呂に入って」

「梱包を手伝うよ」

 渉は今夜こそ志野と一緒に風呂に入りたかった。

 志野がミラーマットで器を簡易梱包して段ボールに収めていくので、渉もそれに倣《なら》って手伝い始めた。

「ゴンさんの金継ぎも会場に展示しようか」

 志野は金継ぎされた長皿を手に取りながら言った。

「漆が完全に乾くのはお正月じゃなかった?」

「そうだけど……食べ物を乗せて使えるのが金粉を蒔いた三か月後で、眺めるのは関係ないわ」

「でも、この箇所が気に入らないんだ」

 渉は金粉が剥がれた部分を指差した。

「これはどうやって仕上げたの?」

「メノウ棒を使って」

「初めての人がメノウ棒を使うと力が入り過ぎてしまうからね。――本当は胴擦《どうず》りペーストを使って、その後に石粉で仕上げる方がよかったけど……」

「胴擦りペーストって何?」

「砥の粉になたね油を混ぜた物で、それを脱脂綿に付けて金を蒔いた所を丁寧に磨くの。――最後は石粉を指に付けて摩擦みたいにこすると、金がきれいに現れてくるのよ」

 渉は麻矢から面倒な工程よりもメノウ棒を勧められたことに落胆した。

「私が忙しい麻矢にお願いしたから……」

 志野は申し訳なさそうに呟いた。

「金継ぎって、いろんな工程があるんだね」

「うん、千差万別。ゴンさんも自分に合った工程で金継ぎをするといいわよ。――この剥がれた箇所はやり直しが利くけど、これはこれで私はいい景色になっていると思うから、販売品ではなく、鑑賞品で展示してもいい?」

「うん、いいよ」

 渉は志野の気遣いに気づき、明るく答えた。

「ありがとう」

 志野は金継ぎされた長皿をそっとミラーマットで包んだ。

 やっと一緒に風呂だ! と渉は胸を弾ませた。

「明日は土に触れられないから、今からまた少しだけ触ってくるね。――ゴンさんは先にお風呂に入ってて」

 志野は思い出したように言うと、陶房へ向かった。

 渉はがっかりして、その場に崩れるように寝転んだ。


 翌朝九時に、祐太が志野を迎えに来た。

「荷物はこれだけか?」

 祐太はリビングにある段ボールを抱えて尋ねた。

「うん、それだけよ」

 祐太が荷物を持って車へ向かった時、渉が志野の手を取って指を絡ませた。

「今夜は帰りが遅いから、先に寝てて」

 志野は絡まれた手を解こうとしたが、渉は離さなかった。

「もー、ゴンさん」

 イチャつく二人の目の前で、祐太が咳払いをした。

「行くぞ、志野」

「じゃあ、行ってくるね」

 志野は渉の手からリレーのバトンを受け取るように指をほどいた。

 渉は祐太が睨んでいるのを感じて、愉快な気分になった。

「気をつけて行ってらっしゃい」

 二人を見送った。


「志野、お前一体どういうつもりだ」

 祐太は運転しながら、助手席の志野に問いかけた。

「何が?」

「ゴンとの関係。あいつのこと、好きなのか?」

 志野は答えなかった。

「あいつ、いつか出て行くぞ」

 志野は視線を落とし、間を置いて答えた。

「分かってる……」

「あいつのこと調べたら、仕事中に失踪して、死んでるってニュースになってたぞ」

「勝手にそんなこと、調べないで……」

「調べたくなるだろ! 志野、お前はあいつと寝てるんだぞ!」

「お願いだから、そんな言い方は止めて」

「あいつが好きなのか?」

「祐太、しつこい。――運転に集中して」

「志野、答えろ!」

「祐太に関係ないでしょう」

 突然、祐太は車を路肩に停めた。

 助手席側へ身を乗り出すと、志野の逃げ道を塞ぐように手を伸ばし、強引にキスをしようとした。

「お願い……止めて……」

 志野は両手で顔を覆い、悲しそうに言った。

「あいつがいなくなっても、俺の時みたいに追いかけないんだろ?」

 祐太も悲しそうに言った。

 車内に重い空気が流れた。

「志野、俺はまだお前のことを――」

「止めて……それ以上言ったら麻矢の顔が見られなくなる……」

 祐太は動きを止め、ゆっくりと身を引いた。

「悪かった……」


 祐太と志野は幼稚園の時からずっと好き同士だったが、いつも二人の間に入ってくる麻矢がいた。

「志野、私は祐太が好きだから、私たちの仲を邪魔しないでね」

 麻矢はいつも志野に伝えていた。

 謙虚な志野は親友の願いを聞いていたが、祐太は違った。

「俺は志野が好きだ」

 麻矢のしつこいアプローチにも、祐太の気持ちは揺らがなかった。

 高校生になったある日、状況は一変した。麻矢の父親が何の前触れもなく、自ら命を絶ったのだ。

 麻矢は父親の死に打ちのめされ、情緒不安定に陥った。

「ねえ、祐太。麻矢は大丈夫かな……」

 志野は心の底から麻矢を心配したが、連絡を入れても返事は返ってこなかった。

「時間が解決してくれるから、大丈夫やって」

 祐太は不謹慎なことだと自覚しつつも、麻矢がいない今を好機と考え、志野との距離を縮めることばかり考えていた。

 高校生の心と身体は裏腹で、祐太は泣きつく麻矢と身体の関係を持ってしまった。

「志野、私と祐太は付き合っているのよ。もうそれ以上の関係も……」

「よかったね、麻矢」

 志野は表情を変えなかった。

「俺は麻矢と付き合っていない」

 祐太は志野の家にまで押しかけた。

「だから何?」

 志野は両親を失った麻矢をこれ以上傷つけないよう、冷たくあしらった。

「別に……」

 売り言葉に買い言葉というわけでもなかったが、祐太はその場を後にした。

 二人のぎくしゃくした関係は時間が経っても変わらなかった。志野は東京の大学へ進学。祐太は麻矢と結婚し、二人の息子に恵まれた。

 祐太は麻矢を愛するようになってから、自死について学んだ。渉がこの聖域に辿り着いた時、自死を図ったのだと気づいた。

「祐太、ゴンさんを絶対に追い出したりしないで……」

 麻矢から懇願されたので、祐太は渉に優しく(?)接していたが、志野と身体の関係を持ったことだけはどうしても許せなかった。

「あいつが出て行ったらどうするつもりだ?」

 祐太は車を発進させた。

「別に……何もしない……」

 志野は車窓を眺めながら答えた。



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