第3章 暗黒沈静 12
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「そろそろ土に触れてみようかな」
夕食時、志野は泰斗に言った。
「そうか……。明後日の陶芸教室で蚊帳目をやるから、ドベを作っておいてくれ」
「じゃあ、明日中にドベを作るね。夕食が終わったら茶房にある粘土の余りを取りに行くから、お父さん、車出してね」
固くなった粘土や削った際に出る粘土の欠片は、焼成前であれば再生して再び使用できる。ドベとは粘土を乳鉢などで細かく砕き、少しずつ水を加えながら練り、六十目のメッシュでダマをこして作る泥状のものである。
蚊帳目模様は素焼き前の器に蚊帳布を被せ、上から刷毛でドベを塗ることで布目を写し取る技法である。
泰斗と志野が茶房へ行っている間、渉は陶房で固くなった粘土の菊練りをしていた。体重をかけて百回ほど繰り返して練る必要があるので大変だが無心になれる作業を気に入っていた。
「ゴンさん、まだ作業をしているの?」
志野が入ってきた。
「あっ、志野さん。――これだけ練ったら終わります」
「そう……」
志野は作業台の上にビニール袋に入った粘土のカスを置き、渉の力強い菊練りを見つめ始めた。
渉は視線を感じて緊張しながらも、菊練りを終え粘土の形を整えた。
静けさが戻り、虫の音が響いていた。
「ゴンさんを見ていたら私も土に触りたくなった」
志野は渉のそばでドベを作り始めた。
渉は整えた粘土をビニール袋に入れ、ドベ作りを見つめた。
「やっぱり土はいいわね……」
志野は研いだカスの中に少しずつ水を加えながら呟いた。
「そうですね。――親友と泥んこ遊びをしたのを思い出します」
「泥んこ遊びか……懐かしい……」
「志野さんも祐太さんと麻矢さんと泥んこ遊びをしましたか?」
「ええ……」
「ずっと仲がいいんですね」
「そうね……。幼稚園から中学校まで、三人とも一緒だった……」
「俺も……親友と中学校まで一緒でした」
「ゴンさんの親友はまだ東京に?」
「――もういません……」
「東京から離れたの?」
「いいえ……。事故で亡くなりました……」
志野は手を止めて渉を見たが、かける言葉が見つからなかった。
「東京で何もかも嫌になって親友を探しに出たら……ここに辿り着きました……」
「そうだったんだ……」
「土を触ると、泥んこ遊びをしたくなります……」
志野は顔を伏せて黙り込んだ。
渉は慌てて「湿っぽい話をしてすみません。俺、お先に失礼します」と陶房を出て行こうとした。
「ゴンさん」
「はい……」
呼びかけられて振り向くと、突然、渉の顔にドベの泥が飛び散った。視界が遮られて何が起こったのか分からず、放心状態で立ち尽くしていた。
「あっ、ごめんなさい! ゴンさんが泥んこ遊びをしたいって言ったからついドベを投げてしまって……。顔に当てるつもりはなかったの」
志野は駆け寄って、渉の顔についた泥を両手で拭い始めた。
久しぶりに感じる志野の温もりに、渉は気持ちを押さえられなくなった。顔のドベを拭う彼女の両手を取って思わずキスをした。
「駄目……」
「どうして?」
「私は知らない人とはキスをしないの」
「今したよ」
「これは土が口に当たっただけ……陶芸をしていたらよくあることよ」
志野は唇に着いたドベを指先で軽く拭った。
渉は自分の顔についたドベを両手で拭い、「俺の名前は岸部渉。二十五歳。無職。好きな食べ物は……志野……」と言って、もう一度キスをした。
志野はクスッと笑った。
「私はもう食べられたの?」
「今からいっぱい食べる」
渉は次第に激しくなるキスを交わした。
寝室で二人は身体を重ね合わせていた。
声を殺す志野の息遣いに渉は無上の幸せを感じながら、襖一枚で遮られた隣の部屋に泰斗が就寝していると思うと奇妙な興奮を覚えた……。




