第3章 暗黒沈静 5
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泰斗は自分の山から作陶用の原土・伊賀産の蛙目粘土を採取している。
蛙目とは、水に浸すと珪石が蛙の目のように光ることから名付けられたとされる。採取した原土を数週間乾燥させてから、臼や芯ナシ木槌で砕き、水に浸した物が「はたき土」と呼ばれる。さらに水に浸して不純物を取り除いたきめ細かな土は「コシ土」と呼ばれ、これは市販の粘土に近く、陶芸教室などでよく使用される。
穴窯焼成には荒土のはたき土を使用する。はたき土は成形しにくいが、焼成すると味がある景色が楽しめる。
陶房で、渉は泰斗から乾燥した原土の塊を粘土に戻す作業を教わり、はたき土を軽く荒練りをした。
生まれて初めてする作業に戸惑いながらも、数時間、黙々と手を動かし続けた。
軽く荒練りした粘土をビニール袋に入れてから、陶房から少し離れたムロ(保湿部屋)に運んだ。
ムロで最低三か月寝かせることで、粘り気のある良い粘土ができる。
「ゴンさん、それが終わったらお風呂に入ってね」
志野は背後から声をかけた。
渉は泰斗とは簡単な言葉を交わせるが、志野とはタイミングが掴めず、返事ができないでいた。
志野はその様子を察してか、用件だけを伝えると別の場所へと去っていった。
渉は作業を終えて玄関へ向かった。土間で土を払い、式台に腰掛けて靴を脱いだ。
お世話になっているので二人の仕事を手伝おうとしたが、陶芸作家というのはこんなに体力を使う仕事だとは思わなかった。
「ふー」
疲れを吐き出すように深く息をついた。
「ゴンさん、今日はいろいろ手伝ってくれてありがとう」
風呂上がりの泰斗が渉に気づいて言った。
「あっ、はい」
慌てて後ろを振り向いた。
帯谷家の浴室は在来式で、渉が子供の頃に住んでいた団地の浴室に似ていたため、お風呂に入るたびにいつもそのことを思い出した。
綺麗さっぱりして脱衣所を出ると、浴衣姿の泰斗に呼ばれた。
「自分の浴衣は着られるが……」
泰斗は渉に浴衣を着せようとしたが悪戦苦闘していた。何とか浴衣を着せたものの、一回りサイズが小さく、丈も十センチほど短かった。
「祐太の浴衣でも小さかったな……。帯は後で志野に締め直してもらってくれ」
渉はようやく今夜は皆で花火をする日だと思い出した。
部屋を出ると、二匹の、いや、浴衣姿のやんちゃな二人の子供が突然渉に飛び掛かってきた。
「ゴンさーん!」
渉は驚いて目を見開いた。
「あー、崇、雅人ったら。ゴンさんがびっくりしてるでしょう」
浴衣姿の麻矢が言い、改めて二人を紹介した。
「ゴンさん、息子の崇と雅人よ」
「ゴン、おまいだったのか!」
崇が言うと、雅人も真似して「ゴン、おまいだったのか!」と見上げてケタケタ笑った。
渉が呆然と二人を見下ろしていると、浴衣姿の祐太が現れ、きつい口調で言った。
「崇、雅人、こっちへ来い」
二人は声のトーンを落として「はーい」と返事をし、居間のテーブルの周りにちょこんと座った。
二人の様子を見て、渉は祐太に父親らしい一面があるのだと感じた。
「崇も雅人も『ごんぎつね』(新美南吉の児童文学)の絵本を真似して言ったのよ」
麻矢が言った。
風呂上がりの志野が浴衣姿で現れた。
「おい、志野。ゴンさんの帯を締め直してくれ」
泰斗が声をかけた。
「ゴンさん、こっちに来て」
志野は半乾きの髪をアップにしながら言った。
「やっぱり丈が短いわね……」
志野は屈んで渉の帯を直しながら呟いた。
渉は自分と同じシャンプーの香りを漂わせる志野を見つめた。と同時に、彼女を見つめる別の視線を感じ取った――祐太だった。
志野に見とれている祐太に気づいた麻矢は、力強く声を張った。
「祐太! 醤油がない!」
「あっ、はい」
慌てた祐太は視線を戻して小走りで台所へ向かった。
「はい、できた」
志野は立ち上がった。
ここへ来て一か月が経ち、渉の頭もようやく冴えてきた。志野は特に気にしていないようだが、祐太は彼女のことが好きで、麻矢はそのことを知っている。三人の関係を面白おかしく感じながらも、志野を美しくて優しい女だと感じ始めていた。
「夕食が終わったら、みんなで花火をするからな」
泰斗は渉の肩をポンと軽く叩いて言った。渉は泰斗の温もりが好きだった。大地を思わせるような優しくて温かい手だった。
「……はい、お父さん」
大地ではなく、泰斗に向かって呟いた。
泰斗は微笑むと、「志野、ビールを出してくれ」と言って座布団に腰を下ろした。
久しぶりに楽しいひと時を過ごした。祐太の二人の息子は父親に似ず、素直で可愛らしかった。弟の雅人は兄の崇を金魚の糞のように追い掛けていた。渉は幼い頃の自分と翔を思い浮かべた。
花火を警戒しているのか、遠く離れた場所にサフラがちょこんと座っていた。
渉が縁側からサフラを見ると、薄っすらと白猫の姿が現れた。
「あっ……あの白猫……」
サフラは白猫の誘いに応じてどこかへ行ってしまった。
「ゴンさん、どうしたの?」
志野が横に腰掛けて聞いた。
「サフラが白猫と何処かへ行った……」
渉は初めて彼女に返事をした。
「そう……」
志野は素っ気なく答えたが、顔には満面の笑みが浮かんでいた。




