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陶犬瓦鶏  作者: 猫田たい子
第三章
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第3章 暗黒沈静 2

2


 縁側で渉がくつろいでいると、蝉が鳴き始めた。

「ゴンさん、日焼け止めは塗った?」

 物干し台に洗濯物を干しながら、顔に赤い痣がある女性が渉に聞いた。

 渉は自己紹介をされて、中年の男性は伊賀焼の陶芸家、帯谷泰斗、六十歳。娘は二十五歳で帯《おび》谷《たに》志野《しの》と知った。

 渉は志野から名前を聞かれたが、答えなかった。

「ななしのごんべいだな」

 泰斗が言った。

「じゃあ、ゴンさんだね」

 志野は渉にあだ名をつけた。

 帯谷泰斗と聞いて、渉は洞穴で見た大地の夢を思い出した。

「これは帯谷泰斗という陶芸作家の作品だよ、渉くん」

 優しい大地の声……。

 自己紹介で泰斗の名を聞いたとき、デジャヴのような感覚を覚えた。

 渉が寝泊まりしている部屋には、泰斗の経歴やパンフレットが置かれていた。いつの間にか名前を目にしていたのだろう。

 犬は五歳の雌でサフラという名前だった。放し飼いにしているのは森林一帯が泰斗の私有地であり、サフラのいる建物から山の入口までは一キロ以上も離れているためだと志野は説明した。

「ここは三重県伊賀市平之町(ひらのちょう)で、この場所に来る人は限られているから安心して」

 志野は渉が身を隠す事情を抱えていると感じ取ったのか、不安を悟らせないようにさらりと言った。

 乱暴に襖を開けた男は左官職人の二十五歳、池崎《いけざき》祐太《ゆうた》で、志野の幼馴染だと紹介された。

 渉は祐太が泰斗を「お父さん」と呼んでいたので、志野とは兄妹か夫婦の関係かと思ったが、祐太には同じく幼馴染の池崎《いけざき》麻矢《まや》という妻がおり、二人の間には四歳の崇《たかし》と三歳の雅人《まさと》がいると聞いた。

「これ、祐太のお古だけど、よかったらゴンさんに……」

 麻矢は志野に、何着かの古着を手渡した。

「ありがとう、麻矢」

「ゴンさんは背が高いから、祐太のだと少しサイズが小さいけどね」

「祐太も背が高いでしょう。――確か、百八十センチじゃなかった?」

「違うわ志野。祐太は百七十八センチよ。見栄を張って、いつも二センチ高く言うのよ」

「祐太らしいね」

 二人はいつも広い土間で声を潜めて話していたが、天井が高く吹き抜けになっているので、渉のいる部屋まで会話は筒抜けだった。


「日焼け止めを塗らないと……」

 志野は洗濯物をカゴに戻すと日焼け止めクリームを取りに行き、縁側にいる渉に差し出した。

「ゴンさん、これ」

 渉は返事もせず、視線を逸らした。

「もー、ゴンさんったら……」

 志野はクリームを手に取り、両手に広げてから渉の顔に塗ろうとしたが振り払われた。

「山の紫外線はきついのよ。――気をつけてね」

 志野は諦め、クリームを渉の横に置き、物干し台へ戻っていった。

 志野はいつもニッカポッカを履いて家の中をうろついていた。その姿を見慣れていたせいで、夢の中にくノ一が現れたのだろうと渉は思った。

 渉が帯谷家で休養を始めてから二週間が経っていた。最初の五日間は何も口にしなかったが、泰斗は「断食のようなものだ」と言い、重湯から流動食へと段階を踏ませ、十日ほどで普通の食事が取れるようになった。

「お父さん、精神統一だかなんだかで、一週間も断食したことがあるのよ」

 渉は志野に話しかけられても毎回無視していた。

 それでも彼女は根気よく接し続けていた。


 縁側で泰斗が煙草をふかしているのを、渉はぼんやりと眺めていた。

「吸うか?」

 泰斗が勧めたので、渉は頷いた。

「ゴンさん、俺の部屋に煙草があるから持ってきてくれ」

 陶房に隣接した建物は平屋の2LDKで、泰斗の部屋は渉が寝ている部屋と襖を挟んで繋がっていた。渉は広い土間を歩き、右奥にあるトイレと風呂場を通り過ぎ、襖が開いたままの泰斗の部屋に入った。

 棚にはビードロの伊賀焼が並んでいたが、フォトフレームに入った写真が渉の目を引いた。写真は伊賀上野城で展示されていた花器のそばに、着物姿の女性が白猫を膝に乗せていた。

 渉は夢に出てきた女性が誰なのか気になっていたが、意識を失っていた間にこの写真を目にしていたのだろう。女性は泰斗の妻であり、志野の母親に違いない。写真の女性は二十代後半に見え、もうこの世にはいないように感じられた。

 大地と同じように温かい手で自分を背後から包み込んでくれた女性をもう一度見つめてから、渉は煙草を手に取って部屋を出た。


 渉が大地と縁側で煙草を味わっていると、志野が現れた。

「お父さん、ゴンさんに煙草を教えて!」

「別にええやろ」

「駄目よ! 煙草は身体に悪いのよ!」

 志野がギャアギャア文句を垂れるので、泰斗は煙草を手にしたまま渉を引きつれて、十二畳ほどある陶房を通り抜けて外へ出た。

「志野はお母さんに似てうるさいからな……。ゴンさん、ここに座れや」

 泰斗は穴窯の前に腰掛け、渉に土で汚れた小さな椅子を勧めた。

 渉は椅子に腰掛けながら、穴《あな》窯《がま》を珍しそうに眺めた。

「これは穴窯や。初めて見たか?」

 泰斗は二本目の煙草を口にくわえた。

 渉は頷いた。

「これは年に二回、五月と十二月にしか使わんのや。手間と費用がかかるからな。――陶芸教室の作品は電気窯で焼くが、穴窯は赤松の薪で焼成する。――うーん、説明しにくいな……。ゴンさんにはまだ伊賀焼の説明もしてないからな……」



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