第2章 自壊作用 5
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翔が主役を務めるインディペンデント映画『変身』は、無名の監督による作品ながらも、撮影前に渉の忍者役がSNSで話題となり、お陰で宣伝効果が生まれた。映画が公開されると、主役の翔ではなく、脇役の渉が絶賛された。
渉は数々のバラエティ番組にゲストとして呼ばれ、日本の忍者を世界に広めて番組を盛り上げた。
翔は先にLAに進出した自分よりも、後から来た弟が絶賛されるのが苦痛でならなかった。一年で日本に戻るかと思いきや、ミシェルの要求もあってか、渉はLAに居座り続けたので、翔の苛立ちは募っていった
忍者は渉にとって幼い頃に描いた将来の夢であり、翔も熟知していた。悪役であってもドラマの忍者役を断ったことを後悔しつつも、渉のような華麗な忍者にはなれないと分かっていたので、焦りはさらに増した。
「渉、お前そろそろ日本へ戻って高校へ通わないと……」
みんなと昼食をしている場所で翔が言った。和やかな雰囲気が一瞬にして変わった。
「実は俺も、それを考えていたんだ」
渉は翔の面子を立てるように答えた。
その頃、渉に『ビバリーヒルズ高校白書』のようなドラマのオファーが来ていたが、代わりに翔が出演することになった。ドラマは全二十四話で構成されていたが、視聴率の低下は避けられず、十話で打ち切りとなった。
「渉が出ていたら打ち切りにならなかった!」
翔は愚痴をこぼしたが大袈裟な演出だったので、渉が出演していても結果は同じだろうと中川は思った。
「LAで俳優として生き続ける覚悟を決めたなら、どんな役でも真剣に取り組まないと、プレッシャーに押し潰されるわよ」
中川の言葉に、翔は反省した。
どんな脇役でも真面目に取り組めば、いつか誰かに認めてもらえるかもしれない。渉だって楽しく忍者を演じたからこそ、殺されない悪役として再びドラマに出演できることになった。
チャンスは自分で切り開くものだと、LAに到着して三年目でようやく気づいた。
制服が窮屈になったことを口実に、渉は高校を中退した。十九歳を過ぎていまさら高校に戻るよりも、しばらくのんびり過ごす方がいいと考えた。
この二年間で渉はアメリカで二千万円を稼いだ。LAにいる間は中川がお金を管理してくれていたが、日本に戻ってからは二十歳になるまで石田に管理をお願いした。
日本に戻ってから二週間が経過していた。
特にやることもなく、北海道にいる剛のところへ遊びに行きたいと連絡を入れたが、大学やアルバイトで忙しそうだった。家を出て大学の寮に住み始めた剛は、やっと大地の苦労が理解できたと言っていた。
渉は剛に内緒で大地に電話を掛け、学費を支援したいと申し出たが、丁寧に断られた。
「渉くん、元気? 体調は大丈夫?」
渉は大地の声が好きだった。温かい声に包まれながら、「うん、元気。ありがとう、お父さん……」と答えた。
剛は動画サイトで渉の忍者役を観てから、また忍者列車に乗りたくなって、大地と二人で乗りに行ったとメールで報告をしてくれた。
「俺も忍者列車に乗りたいな……」
スマートフォンを手に呟いたが、今ならお金も時間もあるので、明日忍者列車に乗りに行けばいいと思い立った。
インターフォンが鳴った。テレビドアフォンを確認すると、派手な化粧をした年配の女性が映っていたので渉はギョッとした。目を凝らして確認すると美和だった。
美和は部屋に入るなり、「もっと広い部屋に住んでいると思ったけど、1LDKか……」と言って、キッチンにある一つしかない椅子に腰掛けた。
渉は美和を見つめた。二年前にプロテーゼを抜去する手術をすると言っていたが、鼻は不自然に高いままだった。元々二重だった目も、不自然な二重に変わっていた。
「お母さん、もう整形しないって俺と約束しなかった?」
「そんな約束したかなー」
美和は目を逸らした。
渉はLAでドラマに出演した時、分厚い『契約書』にサインをさせられたことを思い出した。それから二年間、契約社会で過ごした渉にとって、美和と交わした口約束は当てにならないと思った。
「何の用?」
「久しぶりに母親に再会して、その態度は酷いじゃない」
「お金はないから」
「アメリカで稼いだ分があるでしょう。――ねえ、少しだけでいいの。お願い……」
「俺がここにいるの、どうやって分かった?」
「それは、親子だから分かるわよ」
「兄貴から借りたらいいだろ」
渉は翔が居場所を教えたと思って言った。
「翔は貸してくれないわ……。あの子は未だに私に怒ってるもの……」
「お金は貸せないから。もう帰って」
渉は美和の右手を掴んだ。
「あんた、お母さんに失礼ね!」
美和は掴まれた手を乱暴に振り払って、「誰のお陰で俳優をやってられると思っているの! お母さんがあんたに、今までどれだけのお金を使ったか分かっているの!」と、声を荒げた。
――この人は本当に俺の母親か?
渉は唖然として美和を見つめた。
「そんな、違うのよ、渉……私はただ……」
「今日はもう帰って……」
「分かった……。また連絡するから……」
美和は大人しく出て行った。
渉は深いため息をついてから、美和が腰掛けていた椅子に座った。まだ温もりが残っていたが母親の温もりではなかった。
「全く……」
渉はうなだれて両手で顔を覆った。
スマートフォンが鳴ったので確認をすると、知らない電話番号からだった。日本に戻ってから契約した電話番号を知っているのは限られた人物だけだったので、翔が美和に教えたのだと思って、怒って電話に出た。
「何だ!」
「――あっ、今はまずかったかしら?」
電話の相手は一瞬ひるんだ。
渉は電話の相手が最初誰だか分からなかったが、翔を辿ると小百合だと気づいたが、わざと知らないふりをした。
「誰?」
「小百合だけど……」
「何か用?」
「会って話がしたいの?」
「無理」
「今、マンションの前にいるの。――中に入れてくれない?」
「無理」
電話を切ったが、すぐにインターフォンが鳴った。
しばらく無視をしていたが執拗に鳴らされるので、やむを得ず小百合を招き入れた。




