第2章 自壊作用 1
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美和が渉の報酬をほとんど美容整形に使い込んでいたことを巡り、徹と激しく言い争っている最中、渉は意識を失い、病院へ運ばれた。検査の結果、過度の疲労とストレスが原因だと判明すると、徹は美和に離婚届を突き付けた。
徹は美和が組んだ渉のスケジュールを全てキャンセルさせた。翌月十二月に公開される『駒鳥』の舞台挨拶の後、ミシェルと会う約束をしていたので、約束を守りたい渉は、徹に舞台挨拶には出たいとお願いした。
双方に弁護士が入り、しばらく息子たちの親権で揉めていたが、協議離婚を勧められた結果、二人の親権は父の徹が持つこととなった。
中学三年生になった渉は徹と共に、中川が日本に所有しているマンションへ引っ越した。離婚が成立した後、徹だけの収入では家賃は払えないと困っていた矢先、中川が日本に所有しているマンションに住んでもいいと言ってくれた。これは密かに、翔が彼女にお願いしたからである。
渉は徹に団地に戻りたいと伝えたが、もう昔の生活には戻れないと言われて落胆した。
翔は高校へ進学せずに、ハリウッドスターを夢見てLAへと旅立って行った。LAから月に数回、徹のパソコンにビデオ通話をかけてきた。役者の勉強をしながら、新しい土地で快適に暮らしている様子を見て、徹は「これも中川さんのお陰だな……」と苦笑しながら渉に言った。
アメリカで映画プロデューサーとして活躍している中川は、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の映画学部を卒業していた。在学中に製作したショートフィルムがインディペンデント映画祭で賞を獲得したお陰で、すぐにハリウッド映画の仕事に就けた。初めてプロデュースを任された映画では、起用した日本人俳優を助演男優賞に輝かせたこともある。
翔は中川の経歴を知ってから『駒鳥』の撮影中はほとんど、金魚のフンのように彼女につきまとっていた。
中川は翔の才能を認めていたが、渉には翔にはないどこか特別なものが宿っていると感じていた。翔を育成させたいと言いながら、渉を密かに観察できる場所に置いていた。
渉は夏休みに剛の家に外泊したいと手紙に書いたが、返事が来るのに一か月もかかった。手紙には「実は彼女が出来て、夏休みは彼女と受験勉強に励むんだー」と書かれていた。
忍者列車の切手が十枚1シートで、剛から届いた手紙で十枚目だった。もう返事が来ないのかと不安になって、固定電話から連絡をした。
「もしもし」
受話器から大地の声が聞こえた。
「あっ、お父さん。渉です」
「渉くん! 元気かい?」
「はい、元気です。――剛はいますか?」
「まだ学校から戻っていないんだ」
「そうですか……」
「何かあった? よかったら話を聞くよ」
渉は両親が離婚したことを伝えたかったが、団地に住んでいた時、大地と美和が玄関先で揉めたことを思い出して閉口した。
「渉くん、大丈夫?」
「大丈夫です!」
大地の優しい言い方に胸が熱くなり、渉は思わず力強く答えた。
電話を切ってから、「剛も俺もスマホを持っていたらな……」と呟いた。
大地は中学生の剛にスマートフォンを禁止していた。「高校生になったら、アルバイトをして自分で買いなさい」と言っていたため、渉も剛と同じように、高校生になったら購入しようと考えていた。真似と言いながら今は収入もなく、徹の給料だけでは手に入れるのは難しかった。
中川が所有する打ち放しコンクリートのマンションは、渉を孤独にさせた。ここで夏休みを過ごしたくないと思っていたら、固定電話が鳴った。剛からだと思って勢いよく電話に出たが、受話器から聞き覚えのある女の声がした。
「もしかして恋人からの電話でも待ってた?」
小百合はクスクス笑いながら言った。
「兄貴ならLAにいるけど」
「知ってる。翔くんからこの番号を聞いたから。――会って話がしたいの」
「無理」
「私が嫌い?」
「何とも思わない」
「冷たいわね、渉くんは……」
小百合の口調は渉をバカにしていた。
剛から電話が掛かってくるかもしれないので電話を切ったが、すぐに電話が鳴った。渉は受話器を取った。
「何?」
「会って話がしたいの」
「何の?」
「私と一緒にドラマに出てほしいの」
「無理」
「報酬は一千万円」
小百合から一千万円と言われて、渉は身体から冷や汗が出た。
一千万円があればスマートフォンが持てる。一千万円があれば夏休みに旅行へ行ける。渉の頭の中で、一千万円の文字がぐるぐると回り始めた。
「明日、学校の帰りにそっちに迎えに行くから」
小百合は渉が少し興味を持ったのを悟ったのか、返事を待たずに電話を切った。
その後、剛から電話がなかったので、渉は小百合に会って一千万円の話を聞こうと思った。




