九殺衆
「……それで、ズイ……さん。貴方は俺に会ったとき、俺を探していましたよね。それは何故」
「君をスカウトするためだよ。噂を聞いたときから探してた。上層にいながら、尾がないゆえに地に落ちた青年のことをね」
ズイは懐かしむように少し遠くを見つめた。狭い通路を覆う配管とケーブルのわずかな隙間の向こうから、下層街の下品なネオン光が入り込んでいた。
「君は知っているんだ。この都市では、人なんかほとんど誰も見ちゃいないことを。何本の尾を与えられたか。頭のてっぺんから足先まで値踏みするくせに最後に見るのは尻の後ろだけだ。悲しいと思わないかね?」
ズイは都市に唾を吐いて、バカにするようにわざとらしく胸を揺らした。たゆんと、アキツグは少し視線を反らしたまま、話にだけは耳を向けた。
「……俺が尻尾で人を判断していないのはもう理解してほしいですがね」
「そうだね。君は両方を見ただろう? クズノハの人間として天楼から都市を見下ろして、零尾になって最下層まで落とされた。ここまで上と下を知っている人間は滅多にいない」
ズイは僅かに目を細めた。
「絶望したはずだ。表面上はとても整った都市だから、掲げる理念を全うしているように見えるから。だからワタシは君を助けたいと思った。昔、ワタシが拾ってもらったようにね」
「……助けるためだけに、俺を探していたんですか?」
「いいや。君がクズノハだからということを説得材料にはしたよ」
アキツグの顔から僅かに表情が消える。
「九殺衆の目的はただちまちまと悪いやつを殺すことではない。都市の在り方を変えることだ。尻尾だけを見られて諦めた者、尻尾の力に魅入られ才能を捨てた者、尻尾の格差によって家族を引き離された者。石のために犠牲になった者……。我々は! ……ただそれを黙って、よくあることで片づけたくはないのだよ」
――だから殺すのだと。だから壊すのだと。
語られない言葉にはそんな含みがあった。
「瑞獣夜社は……割れている。トップの中でも今の在り方を良しとしといない者もいる。ワタシ達に協力的な九尾さえもいる。彼らの力もあればワタシ達の悲願は……決して夢物語ではない」
ズイはアキツグに手を差し伸ばした。
「そして葛葉は、瑞獣夜社の中枢にいる一族だ。君が知っていること、君にしかできないことが、いずれワタシ達には必要になる」
「俺を利用するつもりだったと?」
「うむ。否定はしないよ」
ズイは悪びれることもなく頷いた。
「助けたいと思ったのも本当。力を借りたいと思ったのも本当だよ。どちらか一つにしておいた方が聞こえは綺麗だが、ワタシはあまり隠し事が得意ではなくてね」
「…………」
「ただし、君に父親を売れと言うつもりはない。少なくとも今はね」
軽かった声音が、僅かに低くなる。
「君が何を信じるかは、君自身で決めたまえ。ワタシ達を見て、瑞獣夜社を見て、君がどこに立つのか決めればいいさ。ただワタシには……君がすでに決断しているようにも見えるがね」
『そいつらについていくってことが、どういう意味かわかってるんだろうなぁてめえ』
チヨと二人で店を続けることは難しいだろう。彼女が、血濡れていくこと自分を許してくれるかもわからない。
「力がなければ守れないし、変わらなければ救われない」
もう何事もなかったかのように生きていくことはできないだろう。ただ生きていけば悲しみは、時間が解決するかもしれないが、なぜこんな都市で安心して生きていける? 否、変わらなければならない。
脳裏に刻み込まれた光景が鮮明によみがえっていく。
路傍に捨てられた死体、何もかもを諦めたような人々の目。甘ったるい薬の臭い。怯えたチヨの声。人を人として見ることもできなくなった者達の目。
どれも、知らなかったでは済まされない。
父上は言った。強き力は弱き者を守るためにあると。
親父は言った。チヨを任せたと。
ぎゅっと【九重狐月】を強く握り締める。腐り果てた都市の暗闇を、見て見ぬふりなどアキツグにはできなかった。
「……そうですね。あなた達についてきた時から決まっておりました」
アキツグは膝をついた。チヨを害した体制への怒り、苛立ち。父上の掲げた都市の理想からかけ離れた現実への失望、怒り、哀しみ。
己の手にはあまるほどの感情が渦巻いていた。瞳に力強い、真っ赤な光を宿すほどに。
「……ですが、一つだけ聞かせてください。あなた達は、自身の行動をどう認識していますか? 正義の殺しだと、正しい行いだと思っていますか?」
「どんなお題目をつけようが、正しいとは言えねえよ」
ズイが答えるよりも先に割って入るように男の声が響いた。
カタン、カタンと千鳥足な足音が響いて、瓢箪を仰ぎ飲みながら、弐尾の男はじっとアキツグに視線を向けた。
「それでもオレは正しいと思うようにしてるんだよ。けどじゃあ堂々と自慢げに悪いやつをぶっ殺しましたって自慢できるか? 違うな。無理だ。お天道様に顔向けて死ねねえな。結局は人殺しだからな」
男は空になった瓢箪を振った。名残惜しそうに口をつけてから、諦めて腰へ戻す。
「どれだけ悪辣でも、それに助けられた誰かがいるかもしれねえんだ。そいつらにも家族がいるかもしれねえんだ」
歩み寄ってくる。酒臭かった。彼の瞳は諦めたように濁っていたが。――鋭い。
「けど殺す。このままじゃ知らねえ奴の家族よりも大切なものが消えるから殺す。結局、行動するときはいつだって天秤に測るもんだろ? てめえはどうだ? てめえはどうしたい。着飾らなくていいさ。教えてくれよ」
自嘲するように口元を歪めた。正義を語っている人間の顔には、到底見えなかったが、……腑に落ちた。
男が飄々とした態度で手を差し伸ばそうとする。ズイは割り込まれたことが不快だったのか、割り込み返すと、先に手を伸ばしてきた。
「ワタシは、変えたいと本気で思っている。そのために行動している。修羅の道だが――君はどうするかね?」
差し出された手を見つめる。答えは決まっていた。
『引き下がれなくなるぞ?』
――構わない。引き下がったところで向かう先は闇しかないだろう。都市は病んでいる。
「俺は――チヨが安心して暮らせる都市に変えてみせます」
口にしてみれば、あまりにも単純だった。
「今のままでは……尾に囚われて人は人を見ません。家畜と定義された者はそれを諦めて受け入れ、虐げるケダモノは強き者の使命を果たすことはないでしょう」
自分もケダモノだったのだろうか。
学び舎で話していた者が六尾となって最上層から降ろされるその瞬間を、ただ黙って見つめて、自分のことだけを考えていた。
彼らは向けられた悪意と軽蔑を他に返しているだけではないのだろうか。
アキツグは自らの行いを恥じた。過去を変えることはできないがゆえに、今この瞬間、一層声を荒らげた。強く、強く自分の想うことを伝えた。
「親父に、チヨを任されました。けど、俺一人が傍にいるだけでは守れない。今日助けても、明日また同じことが起きるかもしれません」
父上の言葉が、また胸の奥によみがえる。
「父上は、強き力は弱き者を守るためにあると言いました。俺は今でも、あの言葉が間違っているとは思いません」
だからこそ、許せなかった。
力ある者がのさばり、強き者としての使命を果たさぬならば誰が都市を変えることができる? 都市の外の脅威を気にかけている間に内側から腐り落ちるしかないだろう。
「今の都市は、あまりにも違う」
そしてそれを見て見ぬフリをするならば、尻尾なんぞあろうがなかろうが、怒りを向ける矛先と何も変わらない。
アキツグは顔を上げ、差し出されたズイの手を握った。
「変えたいです。チヨが安心して生きられる場所に。俺が父上から教わった言葉を、信じられる都市に。人が人として生きていけるように」
「……ふふ、元気な革命家だねぇ。滅茶苦茶気に入ったよ」
ズイは牙を見せて笑った。
「ようこそ。九殺衆へ。狭い場所だが案内しよう」




