人を見る目
ぶんぶんと純粋に喜ぶように彼女は尾を揺らし、そして隣にいた酔っ払いの脇腹を肘で小突いた。
「いつも飲んだくれている彼も九殺衆の一人でね。自称、博打打ちの――」
「自称は余計だ。オレはいつだって命を賭けて、九殺衆の大勝ちを信じてる。……名は千両寺賽門だ。サイモンでいい。それで、ズイ。このガキをオレが案内すりゃいいか?」
「……? 君が自分から率先して仕事をしてくれるのかね? 珍しいが……まぁでは頼んだよ。サイモン」
「尾任され~!」
サイモンはへらへらと適当な受け答えをして、さらに瓢箪を仰いだ。ズイが視界から消えるのを見届けるまで、その胡散臭い笑みを浮かべ続け――そして冷めた眼差しをアキツグに向ける。煙管を吹かした。
「ほら、これでてめえは自由だ。オレは上から来たボンボンに期待なんかしちゃいねえ。てめえのためにズイが時間を取るのも論外だ」
――皆が皆、自分の加入に賛成しているわけではないらしい。それとも試されているのか? どちらにせよ、もはや決断を覆す気なんぞなかった。
「……そうですか。では皆様のことをズイ殿に聞いてきますね」
「おいおいおい待てや。なんでそれでズイが出てくるんだ? イジメられたーって告げ口でもする気か? 女に泣きつくのか? プライドねえのかてめえ」
――言葉は冷め切っているが。彼もまた尾で人を見ない者だった。でなければ、零尾にプライドの有無など聞きはしない。
「プライドはある。けどそれ以上に俺は、大事な者のためなら泥水だって啜れる。土下座だってする。人だって斬る。告げ口はしたくないので……サイモン殿が案内をしてくださると助かるのですがね」
「てめえ……マジで面倒臭えやつだな。あーあー、わかった。案内するさ。してやるよ」
サイモンは気だるそうに頭を掻いて、諦めるように狭い階段を下りていく。下駄のはずだが金属板の床でも不気味なくらい無音だった。
長い階段。建物の隙間を巡る配管を歩き進み、たどり着いた場所はアジトの訓練場や中枢、まして他の組員の居場所でもなく、下層街の酒場でしかなかった。
「あの……ここは?」
「ここか? オレがいつも酒を買いに行ってる店だが? 親父、いつものを十本まとめてくれ。あー、金ねえわ。アキツグ、倍にして返すから借りてもいいか?」
悪びれもない様子で弐本の尾が揺れていく。アキツグは隠す様子もなく、険しい表情で睨み返した。
「まぁまて。オレは貸しはつくらねえ」
「現在進行形で作ろうとしてるだろ……。別に買ってもいいが」
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
サイモンは舐めたような態度を一転して深々と頭をさげて、姿勢を戻しながら飲み干していく。
「礼を言うフリして飲酒すんなよ。肝臓に脅迫でもされてんのか?」
アキツグは敬語をやめた。
「お、サイモンじゃねえか! またツケ溜めてんのか? 昨日の仕事で儲けたんじゃなかったのかよ!」
「サイモン兄ぃ! この前教えてくれたイカサマの見抜き方、本当だった!」
だが周りからは慕われているのか、ものの数分で人だかりができて、あれやこれやと追加の酒や飯を持たされ、子供たちに揉みくちゃにされていく。
「てめえいつになったらツケ払うんだよクソが!」
「よくも俺の娘に手出そうとしやがったな!」
訂正。殺す勢いで嫌っていそうな者も少なくないようだった。どちらにせよキリがない。これではいつまでたっても人だかりのなか酒を飲んでサボるだけだ。
「そろそろ時間か。おいアキツグ、移動するぞ。今度こそ本当に案内してやる。ちょうどこの時間にヨイチのやつが戻ってくるんだよ」
「ああ、よかった。てっきりこのまま皆で酒飲んで忘れさられるかと思った」
ひょいと、サイモンは軽々と数メートルは高く跳んで人混みを抜け出す。
『ギャハ。おいおいおい。こんなやつ信じていいのかぁ?』
「……人間性はともかく、チヨを助けに行くときに見た剣術はとても美しかった。切り口を見たか? すっぱりと金属の扉を両断して、人の頸は血さえも流しちゃいなかった。美しい武は高潔な者にしか宿らないと父上はおっしゃっていた」
『その父上はてめえに都市の本性を隠していたわけだがな』
「それは……そうだが。それでも俺は父上の言葉を信じたいし、父上が真実を隠していたことはサイモン殿を信じない理由にはならない。ブシドー、お前が心配してくれているのは承知している」
『けっ、そうかよ』
「てめえはいつまで独り言してんだ? ほら、こっちだ。この穴から見てみろ」
ヨイチの元へ案内するような言動だったが、連れていかれたのは入り組んだ配管の隙間だった。顔を引き寄せられ、朽ちたコンクリート壁の穴を覗き込むと、シャワーの水音が響いていて、壁の向こう側には服一つ着ていない六尾の少女の姿があった。
尖がった狐耳。結んでいた純白の髪を解いていくと、長い毛先に湯が伝っていく。
「な……っ、出会って早々俺を覗き魔にする気か?」
「はああ? 正直になれよ。ありがとうございますだろ!? オレは先輩として、お前に秘密の絶景スポットを教えてやってんだぜ!?」
興奮するようにサイモンは狭い場所で両腕を広げ、エア胸揉み。隠れていることも忘れて平然と声を響かせていく。
「嗚呼、今日も綺麗なヨイチちゃん。オレは死ぬならズイとヨイチちゃんの胸で窒息死してえよ……」
メキリ――。
コンクリート壁が引き剝がされていくと、瞬きしたときには既に、ヨイチは恥ずかしげもなく裸のままサイモンの顔を鷲掴み、持ち上げてしまっていた。
「がっ、がああ……!」
「わしに殺されたかったのならそう言えばよかろう?」
六尾の少女は老獪な口ぶりで嘲ると、墨塗りの炎を腕に纏い、サイモンを床に叩きつけて植えてしまった。
ギョロリと、真っ黒な瞳がアキツグを睥睨する。
「なんじゃ? 新入りはエロガキだったのか?」
「誠に申し訳ございません! 酒の礼だと言われ、訳もわからないままサイモンに連れてこられ……。いえ、言い訳に過ぎません。大変申し訳ございません」
アキツグは深々と土下座したが、彼女は気にする飄々とした態度で冷笑するだけ。むしろ堂々とした態度で仁王立ちをしていた。
「……嘘はついてないようじゃの。そうか。まぁ一度じっと見ておけば主から覗いたりはせんだろう。次は殺すからな。ほれ、しっかりと目を見開いて刮目せよ」
髪を掴まれ、グイと顔を持ち上げられる。否応なくまじまじと、彼女の裸体が視界に入った。すらりとした肢体に透き通るような肌。……綺麗な人だったが、罪悪感がせめぎあって顔を真っ赤にしながらも眼を逸らした。
「……っ。待ってくれ。俺は女は好きだし、エロガキかもしれないが、今はそういう気分じゃない」
「ふむ、そういえば想い人がいるのだったか? すまないことをしたな。では気分のときに見せてやるからそのときはありがとうございますと言うように。……って、名前も言う前に裸を先に見せてしまっていたな? 鏑木宵一じゃ。かつては彩雲流という弓術の師範代で、それと瑞獣夜社で弓術教導官を務めておった」
下着もつけずに薄布と袴だけを身に着けると、自慢げに墨塗りの炎を手に宿した。黒色は弓と矢へと形を変えていく。
「……彩雲流は俺も習ったことがあります。瑞獣夜社が管理する武獣術の一つですよね」
都市内部を警備する暗獣や、都市の外から来る脅威を食い止める郭侍。彩雲流は彼らが学ぶ武獣術の一つであり、弓術教導官ともなれば、瑞獣夜社の戦力を育てる側にいた人物ということになる。
そんな人物までもが九殺衆の一人となっている事実に、アキツグは驚きを隠せず、思わずヨイチの姿をまじまじと見つめた。
「なんじゃ、見たりなかったかの?」
布地を引っ張って胸を見せようとしてくるのだから、アキツグはあわてて首を横に振った。
「いや、むしろ見足りぬのはわしらの方か。これから主を仲間として信じ、背を預けてよいものか――一度、力を見せてもらいたい。皆の前でのぉ」
「……願ってもない。むしろこちらからお願いしたいくらいだ」
アキツグは即答すると、【九重狐月】の柄へ手を添えた。
「口だけで仲間を名乗るつもりはない。背を預けるに足る人間か、好きなだけ見てください。俺も、九殺衆の方々がどれほどの腕なのか、もっとこの目で見ておきたいくらいですから」
不安がなかったわけではない。ただそれでも、アキツグは大胆不敵に笑ってみせた。そうして格好つけていると、不意に頭に柔らかな重さが乗りかかる。
「ならちょうどいい仕事が、殺さねばならぬ者がいるのだが……どうかね?」
見上げると、ズイが人の頭を胸置きにしていた。




