ズイ
前話、追加で1000文字ぐらい増えていますので注意です。
三章:尻尾斬り
天井の配管はむき出しだった。ぽたぽたと滴る水の音と、低く響く振動音だけが静寂のなか響いていた。
彼らの拠点は下層街と中層街の境界、入り組み、積み重なった家屋の奥に隠されていた。
ゆえに狭い。古びた蛍光灯はずっと揺れているし、そもそもここは人が住むための区域ではなく、最下層にまで水と電気を循環させるインフラ空間だ。
まぁ、そのような場所を管理する者達がいるならば、彼らのような存在は喜んでかくまってくれているのかもしれない。
「アキツグさん。あなたには説明しないといけないことがあります」
こんな空間でも、ビャクレン・ジンの医務室は比較にならないほど清潔な部類であった。薬棚や診療台、金属製の器具が所狭しと並べられ、医療器具には曇り一つない。古びた設備ばかりの室内で、異様なほど整然としていた。
「毒を僅かに残すこともできます。……完全に薬の影響を取り除けば、彼女はつらい現実を直視するということです。父親の死も理解してしまうでしょう」
ビャクレンは穏やかな口調で諭すようにそう説明した。付け加えるように、耐えられなければ、彼女は自ら薬を求めてしまう可能性が高いと。
「この娘は、それに耐えられますか? もはや貴方だけが、彼女の親族です。彼女に決断させることもできません。貴方が決めないといけません」
アキツグはチヨを見た。
小さく丸まった身体。涙で濡れた顔。三本の尾を抱きしめ、煙管を奪われたことにさえ怯えている。まるで幼い子供のように震えていた。
……チヨの、こんな姿は見たことがなかった。彼女はいつだってよく笑っていて、そして強かだった。
陽の光もまともに届かないこの街で、彼女は大きく咲いた花のようだった。
「……彼女は、俺よりずっと強い。だからどうか、治してください。チヨは前を向くことができる方です。思い出して、傷つくならば俺が傍にいます」
「ありがとうございます。その言葉が聞きたかった。……医者として、必ず治してみせましょう」
七つの尾が力強く揺れた。
「では、治療を始めます。アキツグさんは外でお待ちください。隊長達も話したいことがあると思いますので」
「……わかりました。チヨを、お願いします」
アキツグはチヨを託して医務室を出ると、今更、思い出すように手が震え始めた。……人を斬った。後悔はしていないが、父上に託された家宝を血に濡らしてしまった。
『大丈夫か? てめえがそんなんじゃチヨが起きたあとに不安がるだろ』
「今になって実感が湧いてきただけだ」
嘘でもないが、真実でもない。ビャクレンに治せると言われて付いてきてしまったが、彼らはおそらく――。
「何をぶつぶつ独りで呟いているのかね? ワタシも興味があるのだが」
背後から声が響くと、むにゅりと重くやわらかな感覚が頭にのしかかった。見上げると、菅笠の奥から覗く碧の瞳と視線が重なる。彼女の胸が、無遠慮に乗っかっていた。
「ちょ……! なにしてるんですか!」
しゃらんと、鞘につけられた飾り鈴を鳴らして彼女は微笑んだ。
「元気が出ると思ったのだがね? 効果は合ったらしい」
『ギャハ! お前も逃げなかったらよかったのによ』
「だ、黙れ……!!」
アキツグは両方に言葉を荒らげると、真面目な話をするように小さく咳き込んだ。
「……お前達、九殺衆だろ」
――――九殺衆。
都市を管轄する瑞獣夜社の要人を殺しまわり、時に研究所などを破壊するまでに至る暗殺者集団であり、テロ組織だ。
「うむ、大正解だね。ご褒美がほしいかね? ちなみに参考にまで聞くがなぜわかったのかね? 犯罪組織なんて他にもあるだろう?」
「隊長やってるやつが壱尾だからだ。九殺衆は尾の本数など気にもかけないと聞いたことがあった」
彼女はぶんぶんと尻尾を振った。わかりやすいぐらいに機嫌がいい。満足の行く答えだったらしい。
「九割正解だよ。残りの一割は、ワタシがこの都市の外から来たもので、尻尾は自前だから、尾の儀はしていないから厳密にいうと壱尾ですらない。気になるなら触ってみるかね?」
返事をする前からモフモフと尾が押し付けられる。
『はは、確かにマジだぜ。この女からブシドーは感じられねえ』
アキツグのなかのブシドーがげらげらと笑いながら断言してくる。アキツグは距離を取って、表情を隠すのが精いっぱいだった。
「あ、そういえば名乗りもしていなかったね。ワタシはロヴェスティア・ブランカという。けどこんな名前じゃ活動はできないからね? ズイとでも呼びたまえ。ワタシのあだ名だ。ズイズイと勝手に首を突っ込むからと言われた」
名づけ親はそれなりに嫌味も込めているようだったが、確かにそんな雰囲気はあった。




