第七話 もっと前の話
翌朝、宮下商店のシャッターは、もう半分ほど上がっていた。
「あら。来ると思ってた」
段ボールを抱えた多恵子さんが、店先から私を見上げて笑い、顎で店の奥を指した。
「昨日の夜ね、なんだか気になっちゃって。仏間の押し入れ、ひっくり返したのよ」
通された奥の畳の間には、古い菓子の缶と、紐でくくった葉書の束、色の褪せた写真が数枚、広げてあった。缶の蓋には、今はもう見かけない花模様が刷られている。
「うちのおばあちゃんのよ。宮下きよっていうの」
その名前を、私は手帳に書き取った。二十数年前、この店で、祖母に何かを耳打ちした人の名前だ。
「日記とか、手帳のようなものは、ありませんでしたか」
多恵子さんは、あっさり首を振った。
「ないの、それが。うちのおばあちゃん、字を書くの、好きじゃなかったから。残ってたのは買い物の覚え書きくらいで、それも、とっくに捨てちゃった」
畳の上のものを、一つずつ見せてもらった。婦人会の名簿。前掛け姿の女の人たちが並んだ集合写真。祝儀袋の束。あの日の会話の中身は、どこにもなかった。人は、自分がその日誰に何を言ったかを、いちいち書きつけたりしない。
それでも私は、葉書の束に手を伸ばした。年賀状だった。輪ゴムが切れかかっていて、ほどくと、ぱらりと畳の上に散った。
刷り物の干支の絵。手書きの短い文面。差出人の欄を眺めながら、古い順に並べ直す。何十年分もあった。
そのうちに、私は手を止めた。
一つだけ、途切れていない名前があった。束をどこで切っても、必ずそれが混ざっている。年賀状を出す相手は意外と入れ替わるものだが、一年も抜けていない。
黒田ふさ。
「この、黒田ふささんという方は」
「ああ、ふささん」多恵子さんが覗き込んで頷いた。「おばあちゃんの幼馴染。ずっと仲がよくてね。まだ元気よ。去年の秋にも、道でばったり会ったもの」
町外れの川沿いで、歩いて十五分ほどだという。多恵子さんは、いいことを思いついた顔でレジの脇の電話に手を伸ばした。
「先に言っといてあげる。あの人、いきなり訪ねると警戒しちゃうから」
受話器の向こうに、多恵子さんは普段より大きな声で話しかけた。皆瀬さんって人の、お孫さん。うん、昔の話を聞きたいんだって。おばあちゃんの。うん、そう、そっちの。
電話を切って、多恵子さんが振り返った。
「いいって。今日は娘さんもいるから、いつでもどうぞって」
黒田さんの家は、川沿いの細い道を入った突き当たりにあった。板塀の色が褪せ、庭の柿の木が屋根に届きそうなほど伸びている。
引き戸を開けてくれたのは、六十代くらいの女性だった。ふささんの娘さんだという。
「母、耳が遠いもんですから、大きい声でお願いしますね」
そう言って、日当たりのいい縁側に通してくれた。
黒田ふささんは、座布団の上に小さく座っていた。背中は丸いが、目はよく動いた。名乗り、皆瀬静という記者の孫であること、この町の古い話を調べていることを話すと、何度か頷いた。
「多恵ちゃんから聞いたわ。よう来なったね」
娘さんが茶を置いて、奥へ下がった。青森でこの手の話を切り出したときは、必ず一度、相手の目がどこかへ逃げた。ここでは縁側に日が当たっていて、茶碗から湯気が立っているだけだった。
娘さんに言われたとおり、いつもより声を張って切り出した。
「二十年以上前に、この町で流行った噂があったそうなんです。マスクをした女の人が、下校中の子どもの前に立つ、という」
ふささんは、ひと呼吸おいてから笑った。思っていたより、ずっと軽い笑い方だった。
「ああ、あれね。あれは孫らの話やわ。うちの孫も、家に帰ってきて騒いどったもの」
そして、こう続けた。
「私らの時分のは、あんなハイカラなもんやなかった」
湯呑みを持つ手が、途中で止まった。
私らの時分の。二十数年前より、さらに前。多恵子さんも、祖母のノートも届かなかった層が、目の前の人の口から、なんでもないことのように出てきた。
「ふささんの時分の話というのは」
声を落ち着けて尋ねた。ふささんは湯呑みを両手で包んだまま、しばらく庭のほうを見ていた。
「子どもの時分やもんで、もう、ずいぶん昔やよ」
戦争が終わって、しばらく経った頃だという。今のように家が建て込む前で、この辺りは一面の田んぼだった。学校からの帰りは、畦道が近道だった。
「夕方にね、田んぼ道に、女の人が立っとるって」
顔の下半分を、手拭いで隠している。通りかかった子に、その人はこう聞く。
――うちの子を知らんかね。
「返事をしたら、連れて行かれる。返事をせんと走って逃げれば、助かる。そういう話やった」
私は、ペンを動かすのを忘れていた。
顔を隠している。夕方の帰り道に立っている。子どもに問いかける。答え方によって、その先が変わる。昨日、多恵子さんから聞いた噂と、骨組みが同じだった。手拭いがマスクに変わり、「うちの子を知らんかね」が「わたし、きれい?」に変わっただけで、型のほうは動いていない。
「ふささんも、見たんですか」
「まさか。誰も見とらんよ。みんな、誰それが見たらしいって、そればっかりやわ」
友達の友達。この町の噂は、何十年経っても同じところで足踏みするらしかった。
ふささんは、湯呑みを畳に置いた。
「そんでね。あれにはね、元があったんよ」
「元、ですか」
「うん。私らが囃しとった話の、もっと前」
ふささんの家の並びに、若い夫婦が住んでいた。奥さんが、子どもを一人亡くした。病気やった、とふささんは言った。それ以上は言わなかったし、私も聞かなかった。
それからしばらくして、その人は夕方になると外に出るようになった。畦道や、学校からの帰り道に立って、通りかかった子どもに声をかける。
――うちの子、知らんかね。
「大人はみんな事情を知っとったで、そっとしといたわ。声もかけんし、追い立てもせん。ああ、今日も出とるな、って。それだけやもんで」
「子どもたちは」
「怖がったわ」ふささんは、静かに言った。「怖がって、面白がった。夕方になると、わざとあの道を通って、走って逃げるんよ。誰が一番近くまで行けるか、なんて言うてね」
「それが」
「そう。それが、あの話になった」
怪談になるまでに、そう何年もかからなかったのだろう。尾ひれがつき、決まりごとがつき、誰それが見たという形になった頃には、始まりにいた人のことは、もう誰も口にしなくなっていたはずだ。
「その方は、その後、どうされたんですか」
ふささんは、ゆっくり首を振った。
「いつの間にか、おらんようになった。よそへ行ったとも聞いたし、そうやなかったとも聞いた。ほんとのところは、誰も知らん」
私は手帳の余白に「――談」と書いた。祖母がいつもそうしていたように。
ふささんは、最後までその人の名前を口にしなかった。私が遠回しに尋ねかけたとき、ふささんは湯呑みに目を落としたまま言った。
「名前は、もう、ええやろ」
それきり、私も聞かなかった。
しばらく庭のほうを見ていたふささんが、ふいに言った。
「きよちゃんはね、あれをずっと気にしとった」
「宮下さんの、おばあさまですか」
「うん。きよちゃんも私も、あの道を走って逃げた口やもんで」
「私らは面白がっとった。子どもやったで済まされる話やない、と、あの子はずっと言うとったんやわ。そう根詰めて考えんでもええやろって、何遍も言うたんやけど。ああいう人やもんで。家じゃ、おくびにも出さんかったやろけどな。私にだけやわ、あんなこと言うのは」
だから、と思った。
だから二十数年後、孫の代で「マスクの女」の騒ぎが起きたとき、きよさんは黙っていられなかった。よその町から来た記者が子どもたちの噂を書き留めているのを、店の奥から聞いていたのだ。それ、今に始まった話じゃない。うちらの子どもの時分にも、似た話があった。
そして、それを孫の多恵子さんには聞かせなかった。奥の部屋に祖母を連れて行って、子どもは向こう行ってなさい、と言った。
昨日は、あの一言を、子どもには聞かせられない怖い話だからだと思っていた。今は、そうとも限らない気がしている。話の中身よりも、それを聞いている相手が誰なのかということのほうが、きよさんには大きかったのかもしれない。
孫に、同じものを背負わせたくなかった。そう考えてみると、あの日の奥の部屋が、少しだけ違って見えた。
一つだけ、聞いておきたいことがあった。
「祖母は――皆瀬静は、こちらには来ませんでしたか」
ふささんは、きょとんとした顔をした。
「静さん? いや、会っとらんよ。名前は、きよちゃんから聞いたことがあるかもしれんけど。うちに来た人やない」
祖母は、ここまで来なかった。「もっと前の話」があると聞かされ、「要確認」と書きつけたところで、この町を離れている。この縁側には、たどり着かないまま終わっていた。
帰りがけに、宮下商店に寄った。
多恵子さんは店先で野菜の箱を並べ替えていた。私の顔を見ると手を止めて、少し身構えるような目をした。
「どうだった」
私は、輪郭だけを話した。ふささんたちが子どもの時分にも、よく似た話があったこと。その元になった出来事があったこと。夕方の道で子どもに声をかけていた人がいたこと。名前は言わなかった。ふささんが最後まで言わなかったものを、私が口にするわけにはいかない。
多恵子さんは、箱の縁に手を置いたまま、しばらく黙って聞いていた。
「そう」
それだけ言って、店の奥のほうへ目をやった。
「私、あの頃、遠回りしてたって言ったでしょう」
「はい」
「あれね。大通りばっかり歩いてた、なんて言ったけど。怖かったのは半分だけ。あとの半分は、友達と面白がってたの。何回かは、わざと細い道に入ったのよ。誰が一番奥まで行けるか、なんて言って。今、聞いてて思い出した」
多恵子さんは、それ以上は言わなかった。私も言わなかった。
「おばあちゃん、そういう人だったのかもしれないわね」
野菜の箱を、また少し動かす。それで話は終わりだった。
宿に戻って、机に手帳を広げた。
黒田ふさ氏より聴取、と書くところまでは迷わなかった。その次で、ペンが止まった。あの人のことを、どう書けばいいのか。名前を知らないから書けない、という話ではなかった。知っていたとしても、私は書かなかっただろう。
祖母のノートに並んでいる名前は、全部、話してくれた人の名前だ。話されてしまった側の人の名前を、祖母がどう扱っていたのかは、まだ知らない。
しばらく考えてから、こう書いた。
「黒田ふさ氏(宮下きよ氏の幼馴染)より聴取。二十数年前の噂に先行する類話あり。夕刻の畦道に顔を隠した女が立ち、子どもに問うとの型――談。その元となった出来事の存在を示唆。子を亡くした近隣の女性が、夕刻に子どもへ声をかけていた由――談。当人のその後は不明、諸説あり。氏名は聴取せず、記載せず」
書き終えて、私はしばらくそれを眺めていた。
祖母から受け継いだのは、書き方の作法だと思っていた。噂には「談」を付ける。裏の取れないものには「?」を付ける。混ぜない。今日、私はそこに一つだけ、自分で決めたことを足した。書けることと、書かないでおくことは、別だ。作法の中には、書かれていなかった。
手帳を閉じて、祖母のノートのコピーを開いた。
「M・T氏の祖母、類話の先行存在を示唆――要確認、詳細聞けず」
昨夜読んだところで、柊野町の記述は終わっている。その先は白紙で、次のページからは別の土地の名前が始まっていた。地名だけが目に入ったが、そこから先は読まなかった。私はまだ、この町にいる。
聞けなかった、と祖母は書いている。
けれど今日、私が知ったことは、そう遠いところにあったわけではない。きよさんの幼馴染は今もこの町にいて、電話一本で会えた。二十数年前なら、きよさん本人が、まだ店に出ていたはずだ。
祖母は、本当に聞けなかったのだろうか。
それとも、聞いたうえで、書かなかったのだろうか。
この町を数ページで切り上げた理由が、そこにあるのかもしれない。そう思ったが、手帳には書かなかった。まだ何ひとつ確かめていない。確かめてもいない思いつきに、書く資格はない。
窓の外は、昨夜と同じ町の灯りだった。
この町の噂は忘れられたまま残っているのだと、昨日の私は思った。それが半分しか合っていなかったと、今日になって分かった。残ったのは噂のほうだけだ。夕方の道に立って、通りかかる子どもに同じことを尋ね続けた人は、名前ごと、どこにも残らなかった。
怪談だけが、この町を生き延びていた。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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