第六十五話 三枚
五月の十七日。この家に戻って、百六日目になる。
朝から晴れていた。空は高く、雲が一つも見えなかった。窓を開ける前から、ガラス越しの光が濃く、卓の脚の影が、床にくっきりと落ちていた。昨日までの薄曇りと小雨が嘘のように、空気が軽かった。窓を開けると、暖かい風が、卓のコピーの端を、ふわりと浮かせた。
隣の庭から、布を振って皺を伸ばす音が聞こえてくる。路地の石は、もう乾いていた。夏の手前の、短い、いい時期だと思った。一月の、あの町の朝を思えば、同じ国の同じ年のこととは思えないほどの暖かさだった。急ぐ用事のない朝だった。
卓に着いた。左に手帳、右に祖母のノートのコピー。いつもの置き方だった。鉛筆は、宇津良町の記述のあとの三枚目の白と、笹内町の頁のあいだに、横にして挟んである。
鉛筆を抜いて、卓の端に置いた。紙をそっと起こすと、頁の頭に、笹内町の名が出た。
日付が二つ並び、数行の記述が続く。祖母の字は、ほかの頁と変わらない大きさで、並んでいる。読み飛ばす行はなかった。
その下に、短い一行がある。
「足跡、確認。撮影せず」
もう一行。
「一月。来訪者名簿を閲覧」
頁は、そこで終わる。下半分は、白いまま残っている。そのあとに白い紙が二枚あって、その先から汐待町の見出しが始まる。今日は、そちらは読まない。
手帳を開いて、一行だけ書いた。
「百六日目朝、コピーを笹内町の頁の終わりまで読む」
書き終えて、もう一度、「撮影せず」の行に目を戻した。
祖母は、足跡を見て、撮らなかった。撮らなかったという事実を、書き留めてあった。その理由を、私は一月に考えて、推定の一行を手帳に残した。断定はしていない。今も、断定する材料はない。
私は、撮った。祖母は、撮らなかった。一月の私と、祖母とのあいだにある違いは、まず、それだった。
手帳を、笹内町の頁までさかのぼった。終わりのほうに、自分の字で書いた一行がある。
「写真三枚、保存。公開しない。理由は上記」
祖母の頁には、しなかったことが一行。私の頁には、したことと、この先しないことが一行。並べてみると、同じ町の、同じ一月の、同じ足跡について書いた行だとは、すぐには思えなかった。手帳は、表の今日の頁に戻しておいた。
読んでいるうちに、手が、卓の端のスマホに伸びていた。
画面をつけて、写真の一覧を開いた。いちばん新しい写真から、指で下へ、下へと送っていく。この家に戻ってからの、数えるほどの写真が、ひと息に流れていく。流れていくあいだ、目はそれらを見ていなかった。指だけが、どこまで戻れば足りるかを知っているように動いた。
季節が、画面の上で巻き戻る。緑が減り、枝が裸になり、空の色が硬くなって、そのうちに、白一色の写真が混じり始めた。一度、指が速すぎて、その並びを通り過ぎた。少し戻して、今度はゆっくり送った。
三枚、並んでいた。
一枚目は、雪の原だった。手前に、社宅の跡の、基礎の四角い輪郭が、雪の下から浅く浮いている。二枚目は、少し近づいて、同じ輪郭と、それを横切る一列の跡。三枚目は、足跡だけを、斜めから写してある。
画面の隅に、撮った日付が小さく出ている。一月の、あの週の日だった。
窓の外は、五月の日差しで、白く眩しい。その眩しさのなかに、この小さな画面だけが、冬のまま入っている。雪は、画面のなかで、少しも溶けていなかった。跡の縁は、あの日と同じにぼやけたまま、そこにあった。
画面は小さいのに、写っているものは、小さくなかった。斜面の広さが、四角い枠の外まで続いているのが、写真のなかからも分かる。木立の黒い影が、枠の上の縁で、ぷつりと切れている。切れた先にも、雪は続いていたはずだ。
指を止めて、三枚目を、長く見た。見ているあいだ、雪の冷たさが、鼻の奥に戻ってきた気がした。実際には、部屋の空気は暖かい。それでも、頬のあたりだけが、あの日の風を覚えていた。
ふと、思った。
この足跡は、もう、現地にない。
あの斜面が、今どんな色をしているのか、私は知らない。知らないまま、画面の白だけを知っている。
一月の雪は、春には溶ける。あの斜面も、基礎の四角も、今はたぶん、草の下だ。そう思って初めて、当たり前のことに気づいた。足跡は、毎年、消えているのだ。
毎年、一月に付く。毎年、春に消える。消えるから、次の一月には、また何もない雪の上に、誰かが新しく歩ける。人が入れ替わりながら毎年続いてきたのだと、一月に知った。その続き方の底には、消えることがあった。残らないから、また歩けた。
祖母が見た足跡も、そうだった。祖母は撮らなかった。だから、祖母が見た一列は、その年の春に、雪と一緒になくなった。どの年のものだったのかも、今となっては誰も言い当てられない。祖母の頁に、あるのは、見たという一行だけだ。
「社宅にいた頃の道を、毎年一度だけ歩きます。うちがあったあたりから、坑口のほうへ。父が毎朝歩いた道です」
あの人は、そう言った。一年に一度、その道が雪の上に引かれて、春にはまた見えなくなる。誰が引いたのかを、町の人は知らないまま、毎年それを見てきた。父の歩いた道を、子が一年に一度だけ歩く。その一度は、名前の付かないまま、雪と一緒に終わる。
それに比べて、私の三枚は、消えなかった。
雪が溶けても、草が伸びても、このスマホのなかでは、あの日の一列が、あの日のまま残っている。今年の一月に歩いた人の足跡のうち、この三枚に写った分だけが、春を越えた。それより前の一月の足跡は、どれも越えられなかったのに。
私はそれを、公開していない。
公開していない、と思い直して、そのまま、公開しない、と心のなかで言い直した。言い直した声は、静かだった。決め直したのではなかった。決めたのは一月の私で、今朝の私は、その決めたことの隣に、黙って座っているだけだった。
消すかどうかも、今日は考えなかった。
ただ、重い、と思った。
落とすほどの重さではない。ただ、置く場所が、まだ見つからなかった。写真の一覧の中では、ほかの写真と同じ大きさで、同じ列に並んでいる。並んでいるのに、指で送るときだけ、そこで止まる。
窓の外で、風が変わった。隣の庭の木が、さわさわと鳴った。
次の一月に、また誰かが歩くのかどうか。私には、それを知る手がない。あの雪の斜面には、毎年、誰かが来る。去年も、今年も来た。来年も来るのかもしれない。来ないのかもしれない。来たとしても、私の耳には、何の知らせも届かない。届かないことを、今朝は、さびしいとは思わなかった。
三枚目の足跡を、親指と人差し指で、少しだけ大きくした。
雪の粒が、画面いっぱいに広がる。ひと粒ずつの影が、細かく並んで、その真ん中を、ぼやけたくぼみの列が、斜めに横切っていた。
指を離すと、画面は、もとの大きさに戻った。
三枚という数に、意味があるわけではなかった。あの日、私が押した回数が、三だっただけだ。二でも四でも、たぶん同じことを、今朝の私は思っていた。
しばらく、何もせずに座っていた。誰かに報せることも、どこかへ書き写すことも、今日はない。三枚は、手のなかにある。数としては、わずかなものだ。けれど、わずかでも、春を越えて残ったという一点だけは、動かしようがなかった。
閉じる前に、もう一度、一枚目に戻った。雪の原の広さだけを、見ておきたかった。手前の基礎の輪郭が、白の中に、浅く浮いていた。
スマホの側面を押して、画面を閉じた。
真っ暗になった画面に、窓が映った。枠の中に、白い昼の空と、隣の庭の木の葉の揺れが、うっすらと重なっている。その上に、私の顔の輪郭が、淡く浮かんでいた。
鉛筆を取って、笹内町の頁のあとの二枚目の白と、汐待町の頁のあいだに、横にして挟んだ。
スマホを、画面を下にして、卓に伏せた。伏せた黒い板の縁を、昼の光が、細い線になって走っていた。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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