第六十三話 場所くらい
五月の十五日。この家に戻って、百四日目になる。
薄曇りの朝だった。空は磨りガラスのように白く、路地には影ができていなかった。
窓を開けると、湿り気の少ない、ぬるい風が入ってきた。どこかの家で、雨戸を繰る音がしていた。
湯呑みに白湯を注いで、卓に運んだ。熱すぎて、持つ指を何度か替えた。飲めるようになるまでの間、湯気が立つのを見ていた。それだけの時間が、朝のはじめにあるのは、悪くなかった。
卓の上は、昨日のままだった。左に手帳、右に祖母のノートのコピー。鉛筆は、波名島の頁の終わりに挟んである。軸の尻が、紙の縁にのっていた。
湯呑みを脇へ寄せてから、鉛筆を抜いた。昨日より、抜く手が慣れていた。卓の端に置くと、少し転がって、湯呑みの足に当たって止まった。
白い紙を、何枚かめくった。昨日まで鉛筆の向こうにあった紙で、めくる指に、まだ慣れない硬さがあった。その先で、見出しの行が出た。
「京都府・椋坂町。旧市街。夜、坂の上で客を乗せたという話について、取材予定」
日付が一つ。見出しが一行。その下は、白かった。
日付は、あの町の本が出るより、十年ほど前のものだった。去年、奥付と並べて確かめたことがある。並べても、それ以上のことは何も出てこなかった。
白いところは、四枚ぶん続いている。数えるまでもなく、そうだと分かっていた。四という数は、去年のうちに、もう私の中に入っていた。四枚めくった先で、宇津良町の名が出る。
行き先と、聞くべきことの見出しだけ。いつもの書き方だった。
この白さを、どう読むか。その読み方を、私は去年のうちに持った。駅のベンチで、膝にコピーを広げて、あの町の最後の日に決めた。祖母は、この町では、聞く側にいなかった。話す側にいた。聞いて持ち帰ったものがないから、頁が白いのだった。持ち帰らなかったのではなく、置いていった。
そう読んだ。そう思わない読み方を、一つだけ知っている、と結んだ。
今朝、もう一度、頁の上に目を置いてみた。紙は同じ白さで、行の間隔も変わらなかった。読み方のほうも、動かなかった。
祖母が、あの町で何をしたのか。そこから先は、考えなかった。考えても、足せるものがなかった。足せないものを足すと、それは祖母の話ではなく、私の話になる。この頁の白は、白のまま読むのがいい。
湯呑みに手を伸ばした。白湯は、飲める熱さになっていた。
白湯は、味がない。味がないから、喉を通ったあとの、胃の底のあたたまりだけが、はっきり分かった。朝の体は、そういうものから先に、目を覚ますらしい。
一口飲んで、置いた。そのとき、頁の白の上に、祖母ではなく、自分の姿が浮かんだ。
あの町の、最後の日だった。坂下印刷の作業場で、紙の束を揃えている坂下さんの手元が見えた。機械の低い音が、奥の戸の向こうで続いていた。
私は、倉庫から戻ったところだった。五冊のノートを、元の順に重ねて、箱に戻してきた。沖田与一の字で埋まった、聞き取りのノートだった。
あの箱をどうするのか。そう尋ねた。
「置いときますわ。誰も要らんでしょうけど」
そう返ってきた。そこで終わってもよかったやり取りだった。終わらなかった。
「捨てないでいただけますか」
口が、先に言った。
言ってから、自分の声を聞いた。頼む筋合いは、私にはなかった。あの箱は、坂下さんが預かっているものだった。私は、見せてもらいに来た客にすぎなかった。
坂下さんは、紙を揃える手を止めて、こちらを見た。
「あんた、そんなん言いに、また来はったんか」
「いえ。それは、今思いました」
正直な答えだった。あれ以外の言い方は、なかったと思う。前から考えていたわけではなかった。思いついたことが、そのまま声になっただけだった。
坂下さんは、少しおかしそうな顔をして、紙に戻った。
「置いときますて。場所くらい、ありますわ」
あの日のやり取りは、短かった。
あの声の抑揚まで、思い出せた。急ぐでもなく、軽くあしらうでもなく、置き場所の広さを請け合うだけの言い方だった。
手を、頁の上で止めたまま、考えた。
この町では、私は「また来ます」を言わなかった。それは、今朝、確かめるまでもなかった。では、何も言わずに出てきたのかといえば、そうではなかった。物を一つ、人に預けるような頼みを、置いてきていた。頼んだのは、自分のためではなかった。祖母のためでもなかったかもしれない。あの五冊が、あの倉庫に在り続けてほしかった。それだけだった。
書いた人は、もういなかった。沖田与一は、私が着く三年前に亡くなっていた。持ち主のいなくなった聞き取りが、誰も要らんでしょう、と言われて、箱の中にあった。私の鞄の中にも、書いた人のいなくなった紙が入っていた。頼んだとき、そこまで考えていたとは思わない。並べてみるのは、今朝の私だった。
置いていった、という言い方を、去年、私は祖母に当てた。祖母は、この町に、自分が持ってきた話を置いていった。その言い方は、今でも間違っていないと思う。
けれど、置いていったのは、祖母だけではなかった。私も、あの町に一つ置いてきた。小さな頼みで、重さもほとんどなかった。それが今どうなっているかは、私の手帳のどこにもなかった。
波名島のときとは、少し違った。あの港の「また来ます」は、足を向けたくなる言葉だった。今朝は、足より先に、知りたい、のほうが動いた。
窓の外を、自転車が通った。ブレーキの軋む音が、短く響いて、遠ざかった。
手帳を、手前に引いた。ペンの蓋を外した。表の頁を開いて、前の日の行に続けて書いた。
「百四日目朝、コピーを椋坂町の頁まで読む」
次の行へ移った。昨日の理屈に従えば、口に出したことは、置いておける。
「去年、椋坂町の印刷所にて、箱を捨てないよう頼む――当方談。本日時点」
当方談は、これで九度目になった。
書き終えて、字を読み返した。本日時点、の四字は、今朝は迷わずに置けた。私が言ったことは、私が覚えている。だから、今日の日付で、紙の上に置ける。
坂下さんの言葉のほうは、書かなかった。あの声は、私の耳に残っている。けれど、あれは、取材の問いに受けた答えではなかった。談の札は、聞くと決めて聞いた言葉に立てるものだった。箱の行き先は、私の頼みのために尋ねたことで、取材ではなかった。立ち話の返事に、一年もたってから札を立てれば、あの人を取材の相手にしてしまう。
ペン先を、紙から離した。
そのとき、気づいた。
私の側には、本日時点と書けた。けれど、「置いときます」の側には、書けない。あの箱が、今もあの倉庫にあるのかどうか。その本日時点は、私の紙の上にはなかった。あの町の、あの倉庫にしかなかった。
坂下さんの「置いときます」は、坂下さんの側で、今も続いているのかもしれない。続いていないのかもしれない。どちらなのか、私には分からない。私の頼みは、私の手を離れて、一年、よその町の倉庫の隅に置かれていた。紙の匂いのする、機械の音が戸越しに低く届く、あの暗がりだった。
行けば済むことだった。要確認を付ける筋のものだった。けれど、要確認は、行って確かめるつもりの人が付ける印だった。私は、まだ、行くと決めていなかった。決めていない者が付ければ、それは印ではなく、ただの願いになる。
知りたい、と思った。
思ってから、その言葉の先を、探してみた。電話をかける、という手が、一瞬だけ浮かんだ。足を運ぶ、という手も、少しだけ浮かんだ。どちらも、手の中に取らなかった。取るには、まだ遠かった。
知りたい、と、確かめに行く。そのあいだには、まだ距離があった。今朝の私は、その手前に立っていた。立っている場所が、昨日とは少し違うことだけは、分かった。
ペンに、蓋をした。手帳は開いたまま、卓の端へ寄せた。
鉛筆を拾った。
白い紙を一枚ずつ繰って、四枚めくった。その先が、宇津良町の頁だった。今朝は、そこまでは読まない。四枚目の白と宇津良町の頁のあいだに、鉛筆を横にして置いた。軸の尻が、紙の縁から少しのぞいた。そっと紙を重ねると、見出しの一行は、紙の下に隠れた。
窓の外で、鳩が鳴いた。薄曇りの空は、まだ白いままだった。湯呑みの底に、白湯が一口ぶん、冷めて残っていた。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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