第六十話 一頁目
五月の十二日。この家に戻って、百一日目になる。
朝の光が、昨日より少し白かった。隣の庭で、洗濯物を叩く音がした。一度きりで、止んだ。
茶を淹れた。湯呑みを卓まで運んで、座った。椅子の脚が、床を短くこすった。
卓の上には、手帳と、ノートのコピーが並んでいる。昨日置いたままの間隔で、指一本ぶんの空きを挟んでいた。夜のあいだに、どちらも動いていない。動かなくて当然のものを、念のために眺めた。
今日は、開く。そう決めて座ったのではなかった。決めるより先に、順が来た、という感じだった。
昨日の、見当がつかない、は、一晩たっても変わらなかった。変わらないまま、手が先に出た。
昨日の裏の頁の一行は、日取りの付かない用事だった。日取りがなくても、用事は用事で、順が来れば、手に取るものだった。
コピーを手に取って、膝の上ではなく、卓の真ん中に置いた。手のひらを、一度、表紙に載せた。紙は、朝の空気を吸って、少しだけ冷たかった。ひとつ息をしてから、手を離した。
表紙をめくった。紙の縁の毛羽立ちが、指の腹に引っかかった。
一枚目は、見覚えのある頁だった。
見出しは、ほかの行より一段大きい字で、頭に置かれていた。
「青森県・某郡 伝承地『常世谷』。地図に記載なし。現地聞き取り予定。――未解決(保留)」
原本では、青いインクだった。二階の段に入っている紙の上で、あの色は、今も同じ濃さで乾いているはずだった。
コピーでは、青は薄い灰色に出ていた。色が抜けても、字の太さと、止めと払いの強さは、そのまま残っている。祖母の字だと、色がなくても分かった。
初めて読んだのは、二階の書斎だった。机の前の椅子は硬く、窓は閉めきりで、空気が動かなかった。あの日は、字を読むというより、字が自分に向かってくるのを受けていた。今朝は、卓の上で、湯呑みの隣で読んでいる。同じ文字が、ずいぶん違う距離にあった。
見出しの下には、聞き取りの行が、上から順に並んでいた。聞き取りの行には、どれも、末尾に印が付いている。談。要確認。談、真偽不明。祖母は、一行ごとに、これは誰の言葉か、これはまだ確かでない、と、自分の字で札を立てていた。
頁の隅に、小さな字で、あの一行がある。
「伝聞は伝聞のまま。事実は事実のまま。混ぜたら、それは取材じゃない」
声に出さずに、読んだ。それから、もう一度、頭から読んだ。
この一行は、一年前の私には、祖母の人柄を示す一行だった。几帳面な人だった、というための、手がかりだった。いまは、人柄より先に、定規として目に入る。定規なら、当てて、測ることができる。
手帳を、コピーの隣から引き寄せた。表の頁を、さかのぼって繰った。
人から聞いたことには、――談。裏が取れきらないものには、要確認。そのまま祖母の記法だった。ここまでは、真似ではなく、使っていた。
その先に、私が足したものがある。自分の言葉には、――当方談。行の終わりには、本日時点。これは祖母の頁にはない。この家に戻って、十一日目に、私が足した。
そこで、一度だけ、確かめ直したくなった。あの日、手帳の中で通した理屈が、祖母の字の前でも通るのかどうか。
自分の言葉を、記録に入れた。それは、混ぜることではなかったか。
祖母の一行は、伝聞と事実を混ぜるな、と言っている。私の手帳には、私が覚えていることも、私が口にしたことも、書いてある。同じ紙の上に、並べて書いた。
手が止まった。湯呑みの茶は、もう、ぬるくなっている。
もう一度、手帳の行を見た。
――当方談。印は、行の終わりに、きちんと付いている。聞いた話の行と、私が覚えている話や口にした話の行は、末尾を見れば、どちらかが分かる。読む人が、いつ、誰の口から出た言葉なのかを、取り違えない。
混ぜるというのは、分けられなくなることだった。そう読むなら、分けてある。分けるための印を、付けるべき行には、一行ずつ付けてきた。印のない行は、見て、書いた行だった。
祖母の――談を、書いている私の側にも、付けただけだった。決まりを破ったのではない。決まりの内側に、自分の分の札を、立てた。
そう読んで、問いは、それ以上広がらなかった。納得した、というほど大きなものではない。置き場所が、見つかった。
手帳を、元の位置に戻した。表紙の角が、卓の縁と並行になった。
コピーに目を戻した。祖母の字は、問いのあとも、同じ太さで並んでいた。責められている感じは、しなかった。ただ、定規のように、そこにあった。
頁の余白に、震えた字の一行があった。
一年前と同じ場所に、あった。紙の端の、同じ高さに、同じ傾きでいた。今日は、そこで止まらなかった。目は、その行を通って、次へ進んだ。
二枚目をめくった。
聞き取りの行は、続いていた。行間の取り方も、字の大きさも、一頁目から少しも崩れない。几帳面、という言葉は、こういう紙の上で使うものだと思った。見出しの下で見たのと同じ、淡々とした字が、変わらない歩幅で続いている。談、と末尾にあるものと、要確認とあるものとが、交互に現れた。
読む速さは、遅かった。急ぐ理由が、どこにもなかった。一行ずつ、行の頭から終わりまで、目を渡していった。
読みながら、歩いていた。
実際に足を動かしているのではない。けれど、行を一つ読むたびに、一年前に自分が歩いた道の、次の曲がり角が、頭の中で見えた。祖母の字が、先に歩いている。
あのとき、私は、この頁を膝に広げて、電車に揺られていた。今は、卓の上で、揺れない。揺れない紙の上で、談の付いた行が、あのときと同じ順に並んでいた。
めくった先に、図があった。
鉛筆の細い線で、簡単に引かれている。消しゴムの跡が、線のそばに、薄く残っていた。スキャンの光は、そんな跡まで、律儀に拾っていた。矢印が一本、図の隅へ伸びていた。こんな粗い線に頼って、私は、あの日、谷を歩いたのだった。線の太さは、道の幅そのものだった。
図のすぐ横に、細い字が一行、添えてある。見たことのある、あの震えた筆跡だった。読んで、息を一つ入れて、頁の下へ進んだ。
指先が、紙のざらつきを覚えていた。何度も触れた頁の端は、毛羽立って、少しだけ柔らかい。
先の頁の途中に、聞き取りの相手のイニシャルが出てきた。その下に、談、と付いている。一年前の私は、同じ土地で、別の人から聞いた話に、同じ印を付けた。祖母の行と、手帳の中の私の行は、同じ印で、つながっている。今は、頁にあるものだけを読んだ。祖母が書いた分だけを、読んだ。
読み進めるうちに、卓の脇の光が、少し動いた。窓の桟の影が、コピーの角まで来ていた。
めくる音が、居間に小さく響いた。めくるたびに、紙は、乾いた音を立てる。その音が、一枚ごとに、間を置いて続いた。
その次の紙は、もう、別の土地の頁だった。
見出しの県名が違う。字の大きさは、同じだった。紙の厚みも同じなのに、ここから先は、別の景色の側に入る、と手が先に分かった。
今日は、ここまでだった。続きを、いつ読むかは、考えなかった。
疲れたのでも、飽きたのでもない。常世谷の頁が終わったところで、区切りが付いた。次の頁は、次の頁だった。
めくった指を、そこで止めた。
頁を閉じる前に、常世谷の最後の紙と、次の紙との境を、指で押さえた。
栞が、要った。挟む紙切れを探して、卓の上を見回した。手頃な紙は、見当たらなかった。
卓の端の、小さな物の列に、鉛筆があった。昨日、鞄から出して、ペンと並べておいた一本だった。先端は、丸くなって、黒く潰れている。書くには、もう向いていない。
持つと、軽かった。昨日、卓の端へ除けたときは、どこにも使い道のない物に見えた。
それを、最後の紙と、次の紙のあいだに、はさんだ。
紙が、少しだけ浮いた。潰れた先は、頁の内側に収まり、軸の丸い尻が、コピーの縁から、少しだけ出た。
手帳を開いた。
表の頁の、百日目の行のすぐ下に、書いた。
「百一日目朝、コピーを一頁目より読む。常世谷の頁の終わりまで」
談は、付けなかった。当方談も、付けなかった。見て、読んだだけのことだった。
裏の頁を繰った。
「ノートのコピーを、はじめから読み返す」は、昨日の濃さのまま、そこにあった。線は引かなかった。印も付けなかった。まだ、済んではいない。常世谷の頁の外に、頁は続いていた。
表に戻って、ペンに蓋をした。
湯呑みを、台所へ運んだ。流しで、すすいで、伏せた。
居間に戻ると、窓から、日が卓の端まで届いていた。
コピーの縁から、鉛筆の尻が、斜めに覗いている。挟んだところで、紙は、閉じきらずに止まっていた。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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