第五十七話 拝読
五月の六日。この家に戻って、九十五日目になる。
風のない朝で、窓ガラスに、うすく湿り気が付いていた。
三日の収集日には、袋を出した。ネットをかぶせて、車が行ったあとは、広がったままにして帰った。五月は、私の番ではない。箒には、触れなかった。
手の置き場は、決まらないまま、三日が過ぎた。
四日と五日は、手帳の表に、行が立たなかった。白い日が続くことに、もう戸惑わなくなっていた。行の立たない日にも、朝は来て、湯は沸く。それで足りる日が、あると知った。
この朝も、湯を沸かして、門まで出た。朝のうちに、郵便受けを見るのが、近ごろの癖になっている。何かが来ている、という予感があったのではない。板の来た朝と、葉書の来た朝が、手に癖を付けただけだった。
蓋を開けた。
郵便受けの底に、白い封筒が一通、平らに入っていた。
板の重みも、葉書の軽さもなかった。取り上げると、紙一枚ぶんの厚みに、封筒の厚みを足しただけの手ごたえが、指のあいだに収まった。
小さく、軽い。それなのに、持った手が、なかなか動かなかった。
表の宛名は、手書きだった。私の名が、黒いインクで、行の真ん中に通っている。縦も横も揃った字で、どの字も、同じ強さで置かれていた。裏を返すと、糊の継ぎ目の下に、事務所の名が刷られていた。
名の並びは、四月の葉書と同じだった。同じ名が、今度は封をした形で、門の前に来ていた。
家の中へ戻って、卓の前に座った。
指で破く気にはなれず、台所から鋏を取ってきて、封筒の端を細く切った。切り口から、紙の端が、白く覗いた。
中身は、三つに折った一枚だった。開くと、折り目のとおりに、紙が自分で平らになった。事務所の名の入った用箋に、活字が三段落ぶん、並んでいる。
「先にお預かりした申請書と、四月十五日付の書面を、拝読いたしました」
「故 皆瀬静様のご遺志にもとづく条項に定める『活動実績の申請』があったものと、確認いたしました」
「なお、同条項に定める使途の限定は、引き続き、そのとおりに扱います。右、ご通知まで」
末尾には、日付が一行と、事務所の名が一行、並んでいた。
日付は、五月二日だった。
人の名は、どこにもなかった。用箋の下に刷られているのは事務所の名だけで、読んだ人も、文面を書いた人も、紙の上には名が出てこない。
一度、通して読んだ。二度目に読み出して、最初の一行で、目が止まった。
拝読。
声に出して読んだのは、その二字だけだった。口の中で、少し硬かった。私の暮らしの言葉には、入っていない音だった。
読んだ、と書いてある。
受領は、物に使う語だった。拝読は、中身に使う語だった。着いたものと、読まれたもの。その二つのあいだに、四月の葉書から、半月ほどが挟まっていた。
四月の葉書は、受領と綴じるで終わっていた。読んだ、という語は、なかった。それを咎めたことはなかったが、なかった、ということは覚えていた。覚えていた分だけ、今日の二字が、紙から浮いて見えた。
読んだ人が、いる。この紙の向こうの机に、七行と、八行目と、四月の一枚を、目で追った人がいた。応接室で、私が読みます、と言った人の、抑揚の少ない声だけが、浮かんだ。顔は、思い出せなかった。同じ人なのかどうかは、紙からは分からない。分からなくてよかった。
尋ねなかったのに、紙が来た。葉書のときと、同じ順だった。尋ねないと決めたことと、紙が来ることは、どちらも、少しも傷つけ合わなかった。
続きを探して、残りの行を、目で追った。
「あったものと」のその「もの」の一語に、七行も、八行目も、四月の一枚も、まとめて入っていた。中身には、一字も、触れていない。触れずに、あった、と言い切っている。
よい、とも、足りない、とも、紙のどこにも見えなかった。見えるのは、確認した、という語だけだった。確認したのは、あった、という一点だった。
あの机の向かいで、「書いてあれば、それでいいんです。当否は、こちらでは判断しません」と言われていた。その言葉どおりの紙が、来た。
条項が求めていたのは、書いてあること、だった。書いてあった。読まれた。あった、と確認された。それが、この紙の言っていることの全部だった。
私の一年が、よかったのか、足りなかったのか。誰も、どこにも、決めていない。決めてもらうつもりで出した紙ではなかったし、決めてもらえなかった、とも感じなかった。
物足りなさは、来なかった。胸をなで下ろす感じも、来なかった。
八行目の一語を、思った。保留。あの日の私が、あの日の字で書いた一語だった。七つの行の字の大きさが、行ごとに少しずつ違っていたことも、手の力のかけ方が紙に残っていたことも、読んだ人の目には、見えたはずだ。見えていて、紙は、何も言ってこない。
読まれたのは、地名と、月と、決めたことだった。聞いた言葉は、一つも書き込んでいない。話してくれた誰かの声は、あの綴りの中には、一行もない。渡してはいけないものは、最初から、そこに置かなかった。
直すことは、もう、できない。差し替えも訂正もしない、と電話で聞いていた。今になって直したい箇所があるかと、探してみた。保留の二字だけは、いま書けば、別の字になるかもしれない。けれど、別の字で書く私は、あの日には、いなかった。
あの日の字は、あの日のまま、あちらの綴りの中にある。それで、よかった。
よかった、と思えたのは、紙がよい、と言ったからではなかった。何も言わなかったからだった。言われなかったものは、私の手の中に、そのまま残る。
三行目に、目を戻した。使途の限定、とある。条項の、もう半分だった。取材活動に限る。その線は、封書の前も後も、動いていない。祖母の名は、この紙の中で、条項を呼ぶ言葉としてだけ使われていた。
扱います、と書いてある。何を扱い、その先に何があるのか、紙は言っていない。言わなかったことは、私のほうでも、言わずにおいた。また出ていくとも、出ていかないとも、決めなかった。決める紙では、なかった。
用箋を、折り目どおりに畳んで、封筒に戻し、卓の端に置いた。そのまま、午前を過ごした。洗い物をして、廊下を拭いて、また卓の前を通った。通るたびに、封書は、同じ折り目で、そこにあった。
書き写す前に、一度、手を離しておきたかった。紙に書いてあることと、紙を前にした自分の気持ちを、行の中で混ぜないためだった。
午後になって、気持ちは、特に変わっていなかった。変わっていないことを確かめてから、座って、手帳を開いた。窓から入る光が、卓の上で、朝より低くなっていた。
表の頁は、九十一日目の二行の下から、白い面が続いている。九十二日目から九十四日目までは、行が立たないまま、白い面になっている。
談は、付けない。喋った人が、いない。紙は、紙のままに写せばよかった。
ペンを持って、行の頭を置いた。「九十五日目朝、事務所より封書一通。文面」と書いて、紙と見比べながら、文面を写していった。
「先にお預かりした申請書と、四月十五日付の書面を、」まで書いて、次の字の前で、手が止まった。
拝。
自分の口からは、出てこない字だった。私なら、読んだ、と書く。拝んで読む、とは書かない。その字を選んだのは、向こうの側の人で、私が写すのは、選んだ跡のほうだった。写すことは、選ぶことではない。
一画ずつ、置いた。止まったのは、一度だけだった。続きは、止まらなかった。
「九十五日目朝、事務所より封書一通。文面『先にお預かりした申請書と、四月十五日付の書面を、拝読いたしました。故 皆瀬静様のご遺志にもとづく条項に定める「活動実績の申請」があったものと、確認いたしました。なお、同条項に定める使途の限定は、引き続き、そのとおりに扱います。右、ご通知まで』。差出の日付は五月二日」
読み返した。字は、紙と同じ順に並んでいる。足したいものも、削りたいものも、なかった。
差出の五月二日は、私が、六月の欄に自分の字を入れた朝だった。あの朝、同じ日付の紙が、私の知らない机の上で書かれていた。どちらも、相手のことを知らないまま、書かれていた。
去年の書類の表紙は、台所の束の中にある。取り出して、開いた。二月の宛先の紙と、四月の葉書が、並んで入っている。その隣へ、封筒に戻した用箋を、差し入れた。
紙は、三枚になった。一枚目は宛先で、二枚目は到着で、三枚目は拝読だった。名前だけ並べると、一本の道のようにも見えた。道だとすれば、通ったのは紙のほうで、私は、門の前で見送っただけだった。
束は、元の高さに収まった。
一枚が増えた分だけ、束が厚くなったかと思ったが、指で押さえても、高さは変わらなかった。紙は、紙の重さしか持っていなかった。
居間に戻って、手帳を閉じる前に、裏の頁を開いた。
最後の行は、「六月、集積所の掃除当番」だった。
この行を書いたのは、九十一日目の朝だった。封書が来る前に書いた行で、封書に何が書いてあっても、動かない行だった。読み終えたあとも、その行は、書いたときのまま、そこにあった。胸の中は、静かなままだった。
手帳を閉じた。
卓の端に、朝の鋏が、出たままだった。刃に、封筒の糊の筋が、うすく付いている。
刃を閉じると、糊の筋は、刃と刃のあいだに隠れた。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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