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祖母の遺した「取材ノート」を継いだら、日本中の都市伝説を追う羽目になりました  作者: 青空もち
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第四十九話 二枚目

四月に入って、二日目の朝だった。この家に戻って、六十一日目になる。


空は、よく晴れていた。三月の終わりまで居座っていた冷えが、一晩で抜けたような朝だった。窓を開けると、隣の庭のほうから、湿った土の匂いが来た。雨上がりでもないのに、土の匂いだけが先に立つ。草のほうが、まだ追いついていないのだろう。朝のうちに、庭へ出る用事は、なかった。


三月の当番は、あれから三度で終わった。四十三日目、五十日目、五十七日目。どの日も、奥から手前へ掃いて、ネットをたたんだ。箒の持ち方は、その三度のうちに、手のほうが覚えた。道端に寄せた松の枝のことは、三月のうちに、手帳へ一行も足さなかった。月が替わって、手帳の裏の頁の一行目は、済んだ行になった。消してはいない。


朝食の皿を洗っていると、門の脇で、郵便受けの蓋が鳴った。かたり、と乾いた音がした。


雨の気配はなく、袋もなかった。角の擦れた板を居間の机に置いて、紐をほどいた。


いちばん上の一覧は、今月の紙に替わっていた。皆瀬の欄は、刷られたまま、今月もある。ほかの欄には、先の家々の朱が、もう押されていた。朱の濃さは、家ごとにばらばらだった。指でなぞると、印刷の皆瀬の欄だけが、紙の白さのまま、平らだった。去年は、そこが空いたまま、飛ばされていた。今は、押されるのを待っている欄に見えた。


当番の表には、四月の欄に、知らない名前があった。三月に見たのと同じ名前だった。字は、隣の人のものではなかった。五月の欄は、まだ空いていた。先月までは、ひと月先の欄まで埋まっていた。書き入れる人が、回ってきていないだけだろう。


ごみの出し方の案内と、火の元の注意は、端のかすれ具合まで、前のままだった。火の元の紙の角が、少し丸まっている。それを繰ると、白い紙が出てきた。


三月の、手書きのお知らせだった。


黒のボールペンで、定規を使わずに書いた三行。見出しの「お知らせ」は、はねの先が右へ流れている。来月の板までは、と老人は言っていた。その来月の板になっても、外した人はいなかったらしい。ひと月、板と一緒に町を回ったせいか、白かった紙は、少し柔らかい色になっていた。端に、折り目が一本ついている。三行目は、前に読んだとおり、そこにあった。


「なお、近くにお住まいの方のお話では、夜に人の出入りはないようです」


直されてはいなかった。余白に、鉛筆の書き込みもなかった。引かれた跡も、足された跡も、その一枚には無い。


その下に、もう一枚あった。


罫の細い、白い便箋だった。二つに折ってある。紙を持ち上げるまでもなく、折り目の位置で、分かった。二月六日の夜のことを、一行に収めて、折った紙だった。折ったのは、三月八日の朝、居間の机の上だった。


広げた。


「夜に見ていたのは、二月六日の一晩だけです。ほかの夜のことは、分かりません」


行の終わりに、「皆瀬」とある。


私の字だった。書き写したものではなかった。「皆瀬」の、最初の一画の頭に、小さな点がある。名を書くかどうかで、ペンが止まったときの点だった。三月八日の居間で、私の手が、そこで止まった。


便箋は、預かると言った老人の言葉のとおりに、四月の板へ載っていた。誰かが清書し直したのでも、写し取ったのでもなかった。私の紙が、私の紙のまま、挟んである。


何度か、順に読んだ。三行目の「ようです」の下に、一晩だけです、が来る。上の紙は、一字も動いていない。下の紙も、一字も動いていない。


足すことはできます。引くことはできません。そういう板ですな、と言った老人の声が、頭の隅で、そのまま再生された。


白い紙の字と、便箋の字を、並べて見た。似ていなかった。白い紙の字は、はねが右へ流れる。私の字は、縦に詰まる。板の上に、手で書いた紙が二枚、はじめて並んだことになる。片方には名前があり、片方には名前がない。


名前のあるほうを書いたのは、私だった。


近くにお住まいの方、は、まだ名前のない行のままだ。その下に、名前のある行が来た。二つの行は、同じ人のことを言っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。つなぐかどうかは、読む人の仕事だった。紙の上には、つなぐ線がない。線を引く手も、板の決まりには、入っていなかった。


手帳を開いて、表の頁の、三月の行の続きに書いた。この板も、回せば手もとに残らない。


三十日目の行には、当方の発言との対応は未確認、と書いたままになっている。今日も、確認はできていない。確認できないことを、確認できないまま、頁に置いておく。祖母の記法が許す範囲は、そこまでだった。ただ、同じ板の上に、対応のあるなしを見比べられる紙が、もう一枚増えたことは、事実だった。


「六十一日目朝、回覧板に、手書きの紙二枚。三月の紙(黒ボールペン・出所の記載なし)に変更なし。その下に、便箋一枚。文面『夜に見ていたのは、二月六日の一晩だけです。ほかの夜のことは、分かりません』(自筆・署名『皆瀬』)。挟んだ者は不明」


紙に書いてあったことと、紙がそこにあったこと。書けるのは、それだけだった。だから、談は付けない。挟んだのが老人なのか、老人の言う「向こう」なのか、どちらなのか、紙は何も言っていなかった。


机の端にあるはずの判を、探しかけて、手を止めた。


居間の机の、浅い引き出しを開けた。判と朱肉が、並んで入っていた。先月の八日に、ここへ移したときのままの位置だった。取り出すとき、引き出しの木が、ほんの少し擦れた。二階の書斎の引き出しのような、硬い抵抗はなかった。この家の中で、いちばん手の届きやすい場所に、それはあった。朱肉の蓋を取って、判を軽く当て、皆瀬の欄に押した。


厚紙に、朱が沈むのを待った。三月より、少しだけ薄く出た。押す手の力が、抜けたのかもしれない。いつもより、軽く押した覚えはなかった。朱肉の蓋を閉めると、親指の腹に、朱が少しだけ移っていた。


刷られた皆瀬。隣の人の字の皆瀬。今押した、判の皆瀬。私の字の皆瀬。三月八日の居間で数えた四通りが、今は、一枚の板の上にあった。揃えたのは、誰でもない、順番だった。


便箋は、広げたときと同じ折り目で、二つに折り直した。白い紙の下へ、元の順に戻した。紐を結び直す。結び目の位置は、渡されたところに合わせた。


引き出しに判と朱肉を戻して、閉めた。軽い音がした。


板を小脇に、家を出た。


門を出ると、風が来た。三月の風のように、頬を刺すことはなかった。肩のあたりを、ただ通っていった。数十歩のあいだ、板の紐の結び目が、脇腹に当たっていた。結んだ位置は、私が決めたのではない。渡されたところに合わせただけだった。合わせた結び目を、また次へ渡す。それだけの道だった。




隣の門の前では、女性が、植木鉢を並べ替えていた。冬のあいだ軒下に寄せてあったものを、日の当たる側へ出しているところだった。鉢の底の土が、石畳に落ちて、細く線を引いている。三つ目の鉢には、まだ何も植わっていなかった。土だけが、丸く盛られている。


「あら。もう、来ましたか」


私が来る頃合いを、知っている言い方だった。三月の二日にも、同じ頃に、同じ門の前に立った。


女性は、手の土をエプロンでぬぐってから、両手で板を受け取った。一番上の一覧に目を落として、朱の並びを、ざっと見る。皆瀬の欄に、朱があるのを確かめて、次の紙へ繰った。


当番の表。案内。火の元。


白い紙のところでは、指は止まらなかった。三月に止まった場所を、今日は、そのまま過ぎた。


そして、その下の、折った便箋のところで、止まった。


女性は、紙を持ち上げた。折り目に指をかけて、開いた。立ったまま、読んでいた。目が、一行の上を、一度だけ往復した。唇が、一晩だけ、と動いたように見えた。声にはならなかった。


読み終えると、紙を元の折り目に畳んだ。


「二月六日、ね」


それだけ言った。顔を上げなかった。


――戻って六日目の晩に、四十分、あの前で。そのあいだは、何もなかった、と。あの朝、枝の前で、そう言い直したのが、この人だった。


今の「ね」が、念を押す音だったのか、直すときの音だったのか、分からなかった。紙の日付をなぞっただけにも、聞こえた。確かめる言葉は、浮かばなかった。確かめれば、どちらかに決めることになる。


「お預かりします」


女性は、板を抱え直した。


「次へは、午後に回しますね。お昼を済ませてから」


「はい。お願いします」


それで、終わった。女性は、植木鉢のほうへ戻りかけて、門の内側から、もう一度だけ、こちらを見た。手を振るでもなく、会釈をするでもなかった。目が合って、それだけだった。板は、あの腕の中で、私の手を離れた。中の便箋が、どう読まれるかは、そこから先の話だった。




家に戻った。靴を脱ぐ前に、玄関の戸の隙間から、庭の木を見た。枝先に、芽が出ていた。昨日までは、気づかなかった。気づかなかっただけで、昨日も、あったのかもしれない。三月のうちは、固く閉じていた先のほうが、薄い緑色に割れかかっている。


机に戻って、朝の行の下に続けた。


「同日、隣家の女性、便箋を開いて読む(当方、門の前にて確認)。同女性より『二月六日、ね』の由――談」


それより先を書く材料は、何もなかった。


読み返した。今日、分かったことは、少なかった。紙が二枚ある、ということ。上の紙は、そのままだ、ということ。下の紙を、一人は、開いて読んだ、ということ。次の家が読むかどうかは、別の話です、と老人は言った。一軒は、読んだ。その先の家のことは、まだ、分からない。


分からないことは、足せない。足せるのは、分かったことだけだった。


手帳の裏表紙の内側に、指を入れた。三月八日の朝に書いた、長いほうの下書きが、折らずに挟んである。六日目の夜、七時二十分。四十分。二階の窓の灯り。昼に前を通るときは、窓を見ていないこと。板に載った一行から、落ちたものが、全部そこにある。


落ちたものが何かを、私は知っている。それは、あの紙が出ていった日から、変わっていない。板の上の一行は、私の手を離れて、町を回る。下書きは、手もとに残る。どちらも、私の字だった。


老人は、入らなかった分は自分が持つ、と言った。私も、同じことを言った。言った以上は、持っていなければならない。持っていることを、誰に示す必要も、今のところなかった。


手帳を、裏返した。


後ろの頁を開くと、一行目の「来月、集積所の掃除当番」が、済んだ行のまま、そこにあった。その下に、順に並んだ行がある。する順、水、聞かれたときの答え、言う順、来月の板へ出すかどうかを決める一行。どれにも、線は引いていない。印も付けていない。


今日、ここに足す行は、なかった。四月の欄は、私のものではなかった。五月の欄は、まだ空いていた。


しばらく、ペンを持ったまま、白い面を見ていた。何も書かずに、ペンを置いた。書かないことは、足さないことだった。引くことには、ならない。


手帳を閉じる前に、表から書いた分と、裏から書いた分のあいだの白い頁の小口に、指を揃えて当ててみた。


二月の雨の日には、白い紙が、まだずいぶん残っていた。


今日は、指二本の幅で足りた。


指を離して、手帳を閉じた。閉じる音は、二月より、少しだけ低くなっていた。

本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)


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