第四十四話 読まれる
寒さで、目が覚めた。布団の外に出していた手の甲が、すぐに冷えた。窓を細く開けると、刺すような空気が、細い隙間から一気に流れこんできた。ぬるい空気の代わりに、いつもの二月の冷たさが、迷いなく戻ってきていた。この家に戻って、十六日目になる。
廊下の板張りに、足の裏が冷たかった。台所へ下りて水を出すと、湯にたどり着くまでに、指がかじかむほどの冷たさが、しばらく続いた。昨日は、これほど待たなくても、手のひらに馴染む温さが出てきていた。
庭に面した窓の外では、木の枝が、風にあおられて忙しく動いていた。昨日は、日を受けたまま、ほとんど動かずにいた枝だった。空の色も、白っぽさが消えて、灰色がかったものに戻っていた。二月の半ばというなら、こちらのほうが、いつもの形だった。
昨日の暖かさは、一日だけのものだったらしい。先の季節が日にちを間違えて紛れ込んだのではなく、あちらのほうが例外で、今日のほうが、元に戻っただけだった。昨日のうちに、あの暖かさを、これから続くものとして受け取っていたことになる。
コート掛けから、厚手のほうを取って袖を通した。昨日は、前を留める必要さえなかった上着だった。袖に腕を通すと、外の冷たさに合わせて、体のほうも構えを戻すような感覚があった。
顔を洗って、居間へ下りた。机に着き、手帳を裏返して、後ろの頁を繰った。四日前の一行と、昨日の一行が、書いたときの字のまま、そこに並んでいる。
「来月、集積所の掃除当番」
「収集の済んだあと。奥から手前へ掃く。寄せたものは袋へ。水は最後。ネットはたたんで金具へ」
読み返してみて、抜けているものに、はじめて気づいた。何をどの順にするかは、これだけ書けている。それなのに、いつ、それをするのかは、一言も入れていない。順を書いておけば、来月はそれをなぞるだけで済むと思っていた。なぞる日が決まっていなければ、なぞりようがない。
収集のある日は、分かっている。この家に戻ってから、自分でも何度も袋を出してきた。分からないのは、その先だった。三月の収集の日の全部を指しているのか、そのうちのどれか一日だけを指しているのか、そこが、はっきりしない。昨日は、順さえ書けていれば、それで足りると思っていた。
当番、という言葉そのものが、そこまでは言っていなかった。跡は、順を残す。昨日、あれだけ読めたはずなのに、日付までは、読めなかった。読める形で残るものと、残らないものが、はじめから分かれていたらしい。
案内の紙で確かめる道は、なかった。ごみの出し方が書かれた紙は、回覧板の中にある。板が次にここへ回ってくるのは、来月のうちだった。回ってきたころには、三月は、もう始まっている。あの紙のほうは、間に合わない。
この一年は、間に合わなくてかまわなかった。噂は、起きてしまったあとに聞くものだった。着くのが何日か遅れても、話のほうは、たいてい、そこに残って待っていた。来月のことは、そうはいかない。始まる前に知っていなければ、知った意味のほうがなくなる。紙の回る速さと、暦の進む速さが、はじめて釣り合わなくなっていた。
今月の当番の家を訪ねる道も、もう一度浮かんだ。昨日も同じことを考えて、やめている。当番表に並んでいた名前には、まだ、見覚えがなかった。
今日ばかりは、人に聞くよりほかになさそうだった。誰に聞くかは、まだ決まっていなかった。
決めかけたところで、門のほうから、声がした。
「皆瀬さん」
家の名を呼ばれて、居間から出た。門のところに立っていたのは、角の家の老人だった。白髪頭に、深い皺があった。歩みは緩やかだったが、足もとが乱れる様子はなかった。今日は、家で羽織るような上着ではなく、外へ出るための身なりをしていて、手には何も提げていなかった。
「中へ、どうぞ」
すぐに済むから、と断られた。門の内側までは入らず、門先に立ったまま、話をすることになった。風が、門の柱のあたりで、細く音を立てていた。老人は、寒さのほうを気にする様子がなかった。
「昨日は、暖かかったですね」
「今日は、戻りました」
そう答えてから、三度目だと思った。六日目は風のこと、九日目は晴れのこと、今日は昨日の暖かさのことだった。用件は、いつもそのあとに来る。一度では癖かどうか分からない。三度あれば、そうだと言えた。
「今月は、うちの番でしてね」
昨日、集積所で読んだ跡は、この人のものだったことになる。当番表に並んでいた、見覚えのない名前のうちの一つが、今、目の前に立っていた。六日目に、表札は確かに見ていた。それを名前として覚える気が、あのときの私には、なかっただけだった。話を聞く相手であるあいだは、名前のほうは、要らなかった。
当番表は、この辺りの家の名前が、月ごとに並んでいるだけの紙だった。あの紙を読むには、名前と顔が、つながっていなければならない。私には、まだ、一行も読めない。
「昨日、集積所を見てきました。掃除の跡が残っていたので」
老人は、驚かなかった。見て分かることを聞かれた、という顔をしていた。
「見れば分かりますよ」
読んだ順を、そのまま口にした。奥から手前へ掃いて、一つの袋にまとめて、水を流して、それからネットをたたんで金具に掛ける。老人は、うなずいて聞いていた。順の並びには、異存がないようだった。それでも、一つだけ、静かに訂正した。
「水は、汚れたときだけです。毎週は流しません。昨日は、こぼれていたので」
一度の跡だけを見ていたのでは、毎週していることと、その日だけ起きたことは、区別がつかない。昨日の跡には、いつもの形と、その日だけの形とが、重なったまま残っていたことになる。たったひとことで、それが分かれた。
「いつでしょうか」
「毎週です。袋の出る日は、ご存じでしょう。紙や瓶の日は、汚れませんから」
知っている、とだけ答えた。一日ではなかった。来月のうち、袋の出る日のあとが、全部そうなる。一度で終わる用事だと思っていたのは、私の側の受け取り違いだった。月が替わるまでに、しておくことはあるかと聞いた。
「ありません。月が替わったら、それだけです」
この一年、人に聞いてきたのは、いつも、誰かの話の中身だった。今日、聞いたのは、自分の来月の手順だった。同じ聞き方をしているのに、返ってくるものの手触りが、まるで違っていた。老人は、少し間を置いてから、続けた。
「一つ、あのとき、申し上げようかと思って、やめたことがありましてね」
六日目の別れ際に見た、何か言いたそうな顔を、思い出した。あのとき、何も聞けないまま、角を折れて帰った。その顔の意味を、今日まで、ずっと持ち越していたことになる。
「当番のことです。お宅の分を、隣の方が続けて引き受けておられるのは、存じていました」
「なぜ、やめたんですか」
「あのときは、あなたが、いつまでおられるのか、分かりませんでしたから。すぐに帰られる方に、来月のことを言っても、仕方がありませんから」
六日目の私は、来月の話をする相手ではなかったことになる。言われなかったことに気づく手立ては、あのときの私には、何もなかった。
「昨日、板がうちへ回ってきました。判が押してありましたので、今日は、言うことにしました」
「順番は、家に付いていますから」
皆瀬の名前が一覧に残っていた理由は、それで説明がついた。名前が消えていれば、順番は、そもそも回ってこなかったはずだった。ただ、誰かがそう決めて残したのか、消されずに残っていただけなのかは、これでも分からない。今日も、そこまでは聞かなかった。
「来月、分からないことがあったら、うちへ来てください」
この一年、戸を叩くのは、いつも私の役だった。来てくださいと言われたのは、はじめてだった。老人は、会釈をして、角のほうへ帰っていった。
あの家のことは、今日も、どちらも口にしなかった。向こうは町の用事で来ていた。その用事に別のことを混ぜれば、今日の用事のほうが、かすんでしまう気がした。向こうが言わなかったのは、言わない町だからなのか、今日はその用がなかっただけなのか、そこも分からなかった。
門の前に、しばらく立っていた。風が、頬をかすめて通り過ぎていった。老人の後ろ姿が、角を折れて見えなくなるまで、そこにいた。指先が冷えきってから、家に入り、居間の机に着いた。
同じ日に、私はこの人の残した跡を読んでいて、この人は、私が押した判を読んでいた。気づいてみれば、単純なことだった。読む側に立っているつもりで、こちらもまた、読まれていた。
判は、読みましたと伝えるだけの、軽い印だった。それが、来月もここにいるという返事として読まれていて、私は、誰にも、そうとは言った覚えがなかった。当番表に名前を入れたのは隣の人で、字も、その人のものだった。あの板の上で、私の手から出たものは、あの判だけだった。字の形は、紙に出ていない。それでも、押したことのほうは、紙に出た。
何か言いたそうな顔は、これまで、私が一人で覚えていたものだった。それが今日、本人の口から、そのとおりだったと分かった。取材の側にいたあいだは、これが、一年かけて一度もできなかった。犬がどこにいたのかは、今日も決まっていない。
できたのは、私がここにとどまっていて、向こうが戻ってきたからだった。一つの場所にとどまれば、覚えていることは、目の前で薄れていく。それは、前に分かっていた。同じ場所に、覚えている相手のほうが、もう一度通りかかることがある。そちらは、分かっていなかった。照合というものは、こちらから出向かなくても、向こうから来ることがあるらしかった。
天気の言い方も、水の言い方も、同じ形をしていた。昨日の暖かさも、昨日のこぼれも、どちらも、一度きりのことだった。一日だけを見ていたのでは、いつものことと、その日だけのことは、分けられない。老人は、そのどちらも、同じ調子で口にしていた。
手帳を、机の上から引き寄せた。裏の頁を開き、「水は最後」の下に、一行、書き足した。
「水は、汚れたときだけ」
前の頁でしてきたやり方と、同じだった。行を消さずに、下へ足していく。そうしようと決めたわけではなく、気づいたら、そうなっていた。手帳は、両端から、同じやり方を使いはじめていたことになる。前の頁でそうしてきたのは、聞いた話を、聞いたままにしておくためだった。後ろの頁でそうしたのは、間違えて書いた分を、間違えたまま残しておくためだった。理由は違うのに、手つきだけが、同じになっていた。
印は、今日も付けなかった。ただ、付けない理由は、これまでと同じではなかった。この一行は、人の口から出たものだ。表の頁なら、誰がいつ言ったかを、後ろに書き添えなければならない行だった。
後ろの頁の行は、誰が言ったかでは支えられない。来月、そのとおりに動いてみて、合っていれば残り、違っていれば書き直す。それだけだった。汚れたときだけというのが、この辺りの決まりなのか、あの人のやり方なのかも、聞いただけでは分からない。そこも、来月に回るだけだった。
一行目の「来月、集積所の掃除当番」は、一度きりでは済まないことになった。済んだ用事の行を、消すか残すかは、昨日から決めていない。一度で済む用事なら、済んだときに、線で消せる。毎週のことは、済んでも、消しようがない。答えは、まだ出ていない。ただ、問いの形だけが、今日、変わっていた。
手帳の中のことなら、消すか残すかを、私が決められる。決めずに、来月まで延ばしておくこともできる。板の上に押した判は、そうではなかった。押した日から、私の手を離れて、昨日、何軒か先の家の卓の上で読まれていた。板は、来月、またここへ回ってくる。戻ってきたところで、あの判だけは、もう動かせない。私は、まだ、何も決めていない。
私に直せるのは、こちらの紙の上だけだった。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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