第四十三話 する順
暖かさで、目が覚めた。布団をはねのけても、いつもなら追いかけてくる冷気が、今朝はどこからも来なかった。窓を細く開けると、頬に触れるはずの冷たさの代わりに、ぬるい空気が、そのまま部屋の中へ入ってきた。この家に戻って、十五日目になる。
廊下の板張りにも、いつもの冷たさがなかった。台所で蛇口をひねると、湯を沸かす前から、手のひらに馴染むくらいの温さが出てきた。
二月の半ばだというのに、庭に面した窓を開け放しても、風はほとんど入ってこない。庭木の枝は、揺れるというより、日を受けて立っているだけに見えた。先の季節が、日にちを間違えて、一日だけ紛れ込んだような暖かさだった。
来月のことが、もう遠い話ではなくなっていた。暦を繰るよりも先に、肌のほうが、そう教えてきた。三月に入れば、集積所の掃除当番が回ってくる。先月までなら、来月という言葉に、日付のような手触りはなかった。今朝は、あった。
十三日目と十四日目に何があったかを、順にたどろうとしてみた。出てくるまでに、少し間があった。忘れたのではなかった。あとになって思い出すための取っ手が、そもそも付いていなかっただけだ。
晴れていたのか曇っていたのかも、はっきりしない。区別のつくことが何ひとつなかった二日は、思い出そうとしたところで、思い出す形を持たなかった。それで困ることは、何もなかった。
顔を洗って、居間の机に着いた。手帳を裏返し、いちばん後ろの頁を開いた。三日前に書いた一行が、そこにあった。
「来月、集積所の掃除当番」
字の勢いも、はねの向きも、書いたときのままだった。ただ、その一行を見ているうちに、抜けているものに気がついた。掃除当番が、具体的に何をすることなのかを、私は知らない。
引き受けたのは、自分だった。引き受けた中身を知らないままで三日過ごしていたことに、今朝になって、ようやく気がついた。
回覧板の当番表には、月と、家の名前しか入っていなかった。ごみの出し方の案内には、出し方のことしか書いていない。火の元の注意の紙にも、掃除のことは出てこなかった。三枚のうちに、手順に触れた紙は、一枚もなかった。
確かめたくても、回覧板はもう手を離れている。隣へ渡した日から、三日たっている。今はもう、何軒か先まで進んでいるはずだった。どの家にあるのかを追う手立てはなく、追ったところで、板を止めてもらう理由もない。次にここへ戻ってくるのは、来月になる。
今月の当番の家を訪ねて聞く、という道もあった。ただ、表に並んでいた名前には見覚えがなく、字面だけを見て、どの家のことかを言い当てられるほど、この辺りの家々を覚えてはいない。聞いて回れば分かるのだろうが、そのために誰かの玄関を叩く気には、今朝はならなかった。
人に聞くのではなく、場所を見に行くことにした。今日は、この辺りの収集の日だった。収集が済んだあとに掃除をするのなら、跡が残るのは、済んだあとのわずかなあいだだけになる。朝の収集を待って、それから出ることにした。茶を一杯飲んで、時計の針が十時を回るのを待った。
身支度をして、家を出た。日差しは、二月にしては白っぽく、目を細めたくなるほど眩しかった。上着の前を、留める必要がなかった。角を一つ曲がると、集積所がある。
着いてみると、収集は、もう済んでいた。掃除も、もう済んでいた。出し忘れの袋も、こぼれたものも、一つも残っていない。人の姿は、どこにもなかった。
しばらく、道の上に立ったまま、囲いの中を見渡した。腰ほどの高さの柵があるだけの、簡単な作りだった。柵の脚もとには、砂埃が薄く積もっている。遠くを走る車の音が一つ、通り過ぎていった。それが切れたあとは、静かだった。
地面は濡れていて、縁のほうから乾きかけていた。乾いた部分と濡れた部分の境目は、まっすぐではなく、片側へなだらかに寄っていた。水をどちらへ流したかが、その傾きだけで分かる。
乾きかけた縁のところでは、土に混じった細かい砂が、流れた向きにそろって寄っていた。
囲いの外側にも、水の跳ねた跡が、点々と続いていた。跳ねた向きは、地面の傾きと同じほうを指していた。
暖かさのせいで、濡れたところから、乾いた地面とは違う匂いが上がっていた。水を流したのは、そう前のことではないらしかった。この日差しなら、あと一時間も残らないだろうと思った。
青いネットは、たたまれて、囲いの金具に掛けてあった。角を合わせてから内へ折り込む、癖のあるたたみ方だった。折り目の位置が深くついていて、同じ癖で、毎月たたまれてきたらしいことが分かった。はじめてここを見た朝には、端が風でめくれたまま、出された袋の上にかぶせてあったものだった。
金具のほうにも、目が行った。掛ける部分だけ、塗りが剥げて、下の金属が鈍く出ていた。ネットの重みが当たるところだけが、そうなっている。何年ぶんかの、同じ動作の分だけだった。三日前に手にした厚紙の板も、角のところだけが丸くなっていた。回っていくものは、どれも、回る途中で当たる場所を決められている。
箒とちりとりは、囲いの内側に立てかけてあるだけだった。鍵のかかるものは、何もなかった。持っていかれて困るものは、はじめからここに置かれていないらしかった。
濡れた地面の上に、掃いた筋が、まだ幾筋も残っていた。筋は、奥から手前へ向かって並んでいる。太いところと細いところがあって、力の入れ方まで、そこから見えてくるようだった。
奥から手前へ掃き寄せて、寄せたものを一つの袋にまとめ、囲いの隅に置いていったのだと分かった。袋の口は軽く結んであるだけで、空気の抜けた分だけ、形が少し萎んでいた。次の収集の日まで、そこで待つことになるらしい。
何を先にして、何を後にしたのかまで、跡のほうに残っていた。読める形で、置いていかれたことになる。
箒に、手は伸ばさなかった。今月の当番は、私ではない。来月まで、これは私のものではなかった。
袋を提げた男性が、自転車を押して、通りの向こうから来た。囲いのあたりで、足を止めた。
「もう、済みましたか」
「済んだようです」
そう答えた。収集車を見ていないので、それ以上の言い方ができなかった。済んだのだと思う、というだけのことを、済んだと言ってしまわない癖が、この一年で口についていた。
男性は、囲いの金具のほうへ目をやった。たたんであるネットを、しばらく見てから、小さくうなずいた。それで足りたらしく、袋を提げ直して、自転車に跨り、来た道を戻っていった。私は名乗らず、向こうも、私を知らないままだった。
集積所を離れて、来た道を戻った。日が高くなって、路面の影が短くなっていた。上着の下が、少し汗ばんでいた。
誰にも、何も尋ねていなかった。それなのに、手順のようなものが、もう分かっていた。跡だけを読んで、分かってしまったのだった。
この一年、分からないことがあれば、人に聞くのがいちばん早かった。今朝、聞かずに済ませたのは、聞かないほうがいいと思ったからではない。聞く相手を選べなかっただけだ。それでも、聞かずに分かってしまった。
これは、祖母の記法と同じ形をしていた。「足跡、確認。撮影せず」。したことだけが残って、なぜしたかは残らない。ノートの中で、何度も見た形だった。
ただし、向きが逆だった。祖母が読んだのは、もう済んでしまったことだった。今日、私が読んだのは、来月、自分がすることのほうだった。同じ読み方が、過去のほうにも、来月のほうにも向く。
そして、この読み取りには、――談も、出どころも要らなかった。
来月、同じ場所に立って、今日読んだとおりになぞってみればいい。合っていれば、それで済む。合っていなければ、そのときに考え直せばいい。どちらに転んでも、困ることは何もなかった。答え合わせは、日付を待つだけでよかった。
この一年、聞いた話を一行書くたびに、出どころを確かめる作業が、必ず後ろに付いてきた。誰の口から、いつ出た言葉なのか。それを書かなければ、一行も先へ進められなかった。確かめきれないものは、白いままにしておくしかなかった。
取材の側では、それが、どうにもならなかった。四日前に、あの白かった欄は埋まった。それでも、埋まったのは、私がそう覚えている、という一行のほうだけだ。犬がどこにいたかは、今も決まらないままで、決まる見込みも、これから先にない。
暮らしの側には、確かめる手立てが、最初から付いていた。やってみることが、そのまま照合になる。
その理由は、単純だった。確かめられる物事の内側に、自分がいるからだった。七つの町を回っていたあいだは、いつも外に立っていた。着いてすぐ発っていく側だったから、確かめる機会のほうが、こちらを待ってくれなかった。
さっきの男性も、同じ跡を、同じように読んでいた。たたんであるネットを見ただけで、済んだのだと分かって帰っていった。この読み方は、私ひとりのものではなかった。この辺りでは、誰が読んでも、同じところへ着くらしかった。
この一年、通りで知らない人に声をかける役は、こちらにあった。今朝は、向こうから来た。しかも、答えを持っていた。持っていたのは、聞き集めたものではなく、立っていた場所から読んだものだった。
歩きながら、この集積所に袋を出す家と、回覧板の一覧に並んでいた家とが、同じ範囲なのかどうかを、確かめようとした。知りたいのは、どこまでが、あの紙の言う、この辺りなのかということだった。
確かめようとして、自分が、あの一覧をそこまで見ていなかったことに気づいた。皆瀬の欄が空いていたことばかりを見ていて、並びの端がどこで終わっていたかを、見ていない。あの家の欄があったかどうかも、見ていない。
板は、もう手を離れている。次に回ってくるのは、来月だった。
玄関の戸を閉めると、家の中のほうが、外より涼しかった。上着を掛けて、居間の机に着いた。窓から入る光が、机の上まで届いていた。二月の光には見えない濃さだった。
手帳を裏返し、いちばん後ろの頁を開いた。先の一行の下に、二行目から、手順を書きはじめた。
「収集の済んだあと。奥から手前へ掃く。寄せたものは袋へ。水は最後。ネットはたたんで金具へ」
する順に書いた。何を先にして、何を後にするか。跡を読んだ順ではなく、体を動かす順に並べ直した。読んだときは、水の跡がいちばん先に目に入ったが、実際には、水は最後になる。
前のほうの頁は、起きた順に埋まっていく。後ろのほうの頁は、する順に埋まっていく。同じ一冊が、両端から、逆の向きに使われていることになる。
印は、この頁にも付けなかった。三日前に、その線は引いてある。同じことを引き直す必要はなかった。
代わりに、日付のほうが、向きの違うものになっていた。表の頁に入れる日付は、いつ書いたかを指している。この頁に入れる日付は、いつするかを指す。書いた日を過ぎてからのほうが効いてくる日付を、この一年、一度も書いたことがなかった。
一つだけ、書きながら分からないことが出てきた。来月、この一行のとおりに動いたあと、この行はどうなるのか。済んだ用事を、線で消すのか、そのまま残しておくのか。
祖母のノートで、消してある行を見た覚えはない。もっとも、あれは用事を書く帳ではなかった。覚えがないというだけのことを、なかったことにはできない。決めるのは、来月でいい。
この暖かさなら、集積所の濡れた跡は、今ごろ、もう乾いているはずだった。読めるうちに、読めたことになる。明日行ったのでは、何も残っていない。
ペンを置いた。手帳を閉じて、机の上に置こうとして、どちらを上にするかで、少しだけ手が止まった。表を上にするか、裏を上にするか、決める材料は、どこにもなかった。
どちらを上にしても、同じ一冊だった。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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