第十三話 集めた人
朝の椋坂町は、静かというより、忙しかった。
宿を出ると、坂の下のほうから軽トラックが上ってきて、路地の口で切り返していた。荷台に段ボールが積んである。運転席の人と、家から出てきた人が、何か短くやりとりして、それで荷が下ろされた。伝票のようなものは、どこにも出てこなかった。
商店街は、昨日の夕方に通ったときより人がいた。魚屋の前で、店主が発泡スチロールの箱を洗っている。その隣で、買い物かごを提げた女性が二人、立ち話をしていた。私が通ると、話し声が一度だけ低くなって、また元に戻った。よそ者を見る目ではなかった。ただ、話の続きが私に聞かれるようなものではなかった、というだけのことだと思う。
昨日買った本の奥付を、もう一度開いた。
印刷所の名前と、町内の住所が載っている。番地だけで、目印になるものは書いていない。それでも、この町の広さなら、歩けば見つかるだろうと思った。
商店街を抜けて、川のほうへ下りた。坂の町なので、下りきったところに平らな土地がある。作業場らしい建物が何軒か並んでいて、その一つに、色の褪せた看板が出ていた。
坂下印刷、と書いてあった。
硝子戸は開いていた。中から機械の音がしている。低く、規則正しい音だった。声をかけると、音が止まって、奥から男性が出てきた。六十くらいで、紺の作業着を着て、手にインクの黒が残っていた。
「すみません。この本のことで、伺いたいことがあって」
『椋坂の夜ばなし』を差し出すと、男性は手を拭いてから受け取った。表紙を見て、それから奥付を開いた。自分の店の名前を、確かめるように見た。
「これ、うちですわ」
「作られたときのことを、覚えていらっしゃいますか」
「そら、覚えてますよ。親父の代ですけどな」
男性は、坂下と名乗った。二代目だという。
作業場の隅に、丸椅子が二つあった。片方を勧められて、座った。
「沖田さんという方は」
「与一さんね」
坂下さんは、本を台の上に置いた。
「三年前に亡くならはりました」
そう言って、少し黙った。悼む間というより、日付を頭の中で数えている顔だった。
「郷土のことを調べてはる集まりがありましてな。公民館でやってた、十人ほどの。与一さんはそこの人ですわ。祭りのことやら、川の付け替えのことやら、そういうのをまとめて、うちで刷ってはった」
「どういう方だったんですか」
「小学校の先生をしてはって、退かはってからですわ、ああいうことを始めはったのは」
坂下さんは、機械のほうを見るともなく見て言った。
「几帳面な人でしたよ。原稿は必ず清書して持ってきはる。うちが直しやすいように、行数まで合わせてね。締切も守らはる。あんな人、めったにいてませんわ」
悪く言う言葉が一つも出てこなかった。それが、この人の口の堅さなのか、本当にそういう人だったのかは、まだ分からない。
「その一冊が、これですか」
「そうです。これがいちばん出ましてな。ほかのは、正直、身内で配って終わりですわ」
「今も、刷っていらっしゃるんですか」
「三度目を刷ったのが、七、八年前ですかな。まだ在庫がありますし、注文が来たら出しますよ」
私は、昨日から考えていたことを尋ねた。
「この本の中の話は、どなたから聞かれたものなんでしょうか」
坂下さんは、本を開いて、坂の話のページを見た。三ページを、目で追っている。読んでいるというより、確かめている動きだった。
「そういえば、書いてませんな」
「ええ」
「与一さんは、ちゃんと聞いて回ってはりましたよ。それは間違いない。うちにも来はりました。親父が話したはずですわ」
「お父様は、坂の上で何かご覧になったんですか」
坂下さんは、首を横に振った。
「見てへんと思います。うちの親父が話したんは、たぶん、別の話ですわ」
その言い方に、引っかかった。
「別の、といいますと」
坂下さんは、しばらく本を見ていた。それから立ち上がって、奥の戸を開けた。
「ちょっと待ってくださいな」
奥は倉庫だった。紙の束が天井近くまで積んであって、その手前に、蓋の開いた段ボールが並んでいる。坂下さんは、いちばん下の箱を引き出して、埃を払った。
「与一さんが亡くならはったとき、集まりも解散になりましてな。荷物の行き先がのうて、うちで預かってますねん」
箱の中には、校正刷りの束と、大学ノートが五冊入っていた。
「捨てるわけにもいきませんやろ」
坂下さんは、そう言って、ノートを一冊、私に渡した。
「見はりますか。持って帰るのはあきませんけど、ここでなら」
私は両手で受け取った。表紙に、年と、聞き取り、とだけ書いてあった。字は、丁寧だが速い字だった。
一ページ目を開いた。
日付があって、名前の頭文字があって、その下に話が書いてある。祖母のノートと、記法がよく似ていた。似ているというより、たぶん、聞き取りをする人はみんなこうなるのだろうと思った。
読み進めて、手が止まった。
坂の話が、いくつも書いてある。
三ページ目に一つ。五ページ目に一つ。少し飛んで、七ページ目に二つ。そのどれもが、私が昨日から三回聞いた話と、どこかが違っていた。
乗せたのは女ではなく、男だったという話があった。坂の上ではなく、坂を下りきったところで手を挙げられたという話があった。乗せたのは車ではなく、荷車だったという古い話もあった。降ろした先が寺の前だったという話と、川のほうだったという話が、別の人の口から出ていた。
行き先を告げる声が低かった、と書いてある話の隣のページに、ひとことも喋らなかった、と書いてある話があった。二つは同じ年に、同じ人が聞き取っている。
止まってはいけない、という決まりごとも、そろっていなかった。挙げている手を見たら目を合わせるな、と書いてある話がある。声をかけられても行き先を尋ねるな、と書いてある話もある。乗せてしまったら、降りるまで一度も後ろを見るな、というのもあった。昨日、タクシーの運転手が私に言った形は、そのうちの一つでしかなかった。
座席が濡れていた、という話は、五冊のうちの一冊に、一度だけ出てきた。
そして、一つも怖くない話が、二つあった。乗せて、行き先まで送って、礼を言われて、それで終わり。何も起きていない。書いた本人も持て余したのか、その二つには、後ろに小さく「異談なし」と付け足してあった。
私はノートを膝に置いたまま、しばらく動かなかった。
昨日、荒物屋の女性も、タクシーの運転手も、宿の女将さんも、一つの同じ話をした。細部まで同じだった。順番まで同じだった。その全員が、出どころを本だと言った。
本の前には、この五冊があった。
「与一さんはね」
坂下さんが、箱の縁に手を置いて言った。
「あれを、読み物にしはったんですわ」
私は顔を上げた。
「校正のとき、親父とやりあってましたわ。与一さんが、赤を入れて、一本にまとめてしまわはるから。親父は、聞いた通りに全部載せたらええやないかと。与一さんは、そんなん誰も読まんと」
「どちらが折れたんですか」
「そら、書いてはる人のほうが強いですわ」
坂下さんは、笑いもせずにそう言った。
校正刷りの束を見せてもらった。紙は日に焼けて、端が茶色くなっている。いちばん上の一枚に、赤いペンで線が引いてある。同じ話の別の版が、二つ並んでいたところが、一つに寄せられていた。余白に、字が書いてある。
「読みやすいほうに寄せる」
もう一枚めくると、荷車の話が丸ごと囲われて、脇に短く書いてあった。
「古すぎる。今の坂の話にならない」
三枚目には、「異談なし」の二件のところに線が引いてあって、こう書いてあった。
「これは、話にならない」
話にならない、というのは、面白くない、という意味だったのだろう。何も起きなかった夜のことを、読み物には載せられない。それだけのことだ。
それだけだった。悪意も、企みも、そこにはなかった。ばらばらのものを、読める形にしただけだ。そういう仕事を、私も前の会社で毎日していた。三十枚の資料を一枚にまとめて、いちばん通りのいい話にする。落としたほうの二十九枚を、私は嘘だと思ったことがない。嘘ではないから落としたのだ。ただ、通りが悪かった。
ただ、この町では、その一枚だけが活字になった。
そして活字は、人の記憶より丈夫だった。
坂下さんは、箱に蓋をしながら言った。
「うちの親父も、晩年は本の通りに話してましたわ。自分が与一さんに話したことと、違うのにね」
「ご指摘には、ならなかったんですか」
「言いましたよ。あんた、あのとき違うこと言うてたやないかと。そしたら親父が、こう言いますねん」
坂下さんは、少しだけ間を置いた。
「本に載ってるほうが正しいやろ、と」
宿に戻ったのは、日が傾いてからだった。
部屋に上がって、手帳を開いた。
「椋坂町・二日目。坂下印刷にて、沖田与一の聞き取りノート五冊を閲覧(持ち出し不可)。坂の話の異版、確認できただけで十一件。乗せた者の性別・場所・乗り物・行き先がいずれも一致しない。『異談なし』の記載二件。刊行時に一本へ統合。統合の判断は著者、印刷側は反対。――談」
書いてから、その下にもう一行足した。
「本は嘘ではない。だが、この町の記憶は、本のほうに寄せられている」
窓の下の路地を、自転車が通っていった。
私は、昨日この町に着いたときのことを思い出していた。荒物屋の女性は、私が何も尋ねないうちに話しはじめた。あのとき私は、噂が消費されている町だと思った。取材者に慣れた町だと思った。
そうではなかったのかもしれない。あの人は、いちばん確からしいと思っている話を、親切に教えてくれただけだ。自分の記憶より、活字のほうを信じている。それは、疑うことを知らないというより、たぶん、丁寧さの一種だった。
嘘をついている人は、この町に一人もいない。
常世谷では、知っている人が黙っていた。柊野町では、みんなが話すのに、誰も元まで届かなかった。波名島では、全員が知っている一つの名前を、島ぐるみで言わずにいた。どれも、話が足りない町だった。
この町は、話が足りている。足りすぎている。そして、足りているものが一つの形にそろっているせいで、そろう前にあったはずのものが、どこにも残っていない。ノート五冊が坂下印刷の倉庫に眠っていなければ、私は昨日聞いた三人の話を、この町の話だと思って書いていた。
そこまで考えて、鞄から祖母のノートのコピーを出した。
椋坂町のページは、今日も白いままだ。
坂下さんに、二十数年前によその記者が来なかったかと尋ねてみようかと、倉庫で一度思った。尋ねなかった。ノートを膝に載せていて、そのとき手が離せなかったというのもある。だがそれだけではない。祖母がこの町で何をしたのかを、他人の記憶から先に埋めてしまうことが、なぜか惜しかった。
コピーを閉じようとして、指が止まった。
一つ、確かめていないことがあった。
沖田与一のノートの、いちばん古い日付。あれは、祖母がこの町のページに書いた日付と、同じ年だった。倉庫で開いた一冊目の表紙に、年が入っていたのを、私は見ている。
そして、五冊のうちのどこかに、聞き取りの相手の欄が、頭文字ではないものが一つあった。読み流していた。思い出そうとすると、字の形のほうが先に浮かんだ。
よそから来はった人、新聞社にいてはったとか、と書いてあった。
祖母は、この町で誰かに話を聞いたのではないのかもしれない。
誰かに、話をしたのかもしれない。
本作の地名・人名はすべて架空です。実在の場所や事件を一対一でなぞったものではなく、各地に伝わる「型」だけをお借りしています。あくまでフィクションとしてお楽しみください。(モチーフになった噂の考察は、いずれ「都市伝説ラボ」(toshidensetsu-labo.net)のほうでも触れられたらと思っています)
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