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その英雄、竜を殺していません ~王都経歴調査所は英雄譚を記録から確かめる~  作者: 瀬川 理久


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第14話 日付が逃げ道を塞ぐ

 手控えの紙を、クラウスは三枚並べた。


 《いつ》《どの経路で》《誰の名義で》。それぞれの頭に、そう書いてある。


「付属書の中身は、今日は読み直さない」


「書かれていることが事実かどうかは、別の仕事だ。今日確かめるのは、この紙がいつ、どの道を通って、誰の名で財務庁へ入ったか。そこまでだ」


「軍の内側の日付から、ですね」


「ああ。財務庁の受領日を先に見れば、順序が先に結論になる。軍の側を固めてから、重ねる」


   *


 軍属の人事簿は、リディアの名を追い始めたときに一度開いている。除籍の部、リディア・セルンの行。あのときは、事由と決裁番号だけを控えた。


 ミロが、日付の欄を指でなぞった。


「決裁日、竜災の五日目。処理は人事係経由、軍務別綴へ」


「懲戒録で重ねる」


 懲戒録は、処分の履歴を残すための別の帳簿だ。人事簿の写しではない。同じ名の行を、ミロが探し当てた。


「受理、五日目。処理済も、五日目です。決裁日と合います」


「日付だけを後から遡って書いた可能性は」


「連番です。前後の行は、四日目から六日目へ順に並んでいます。遡るなら、間を空けておくか、番号を割り込ませるしかない。どちらの跡もありません」


 クラウスは頷いて、手控えに線を引いた。


「人事簿と懲戒録が、同じ日を示す。言えるのはそこまでだ。軍が五日目に、その処理を済ませた。リディアが本当に持ち場を離れたかも、認定に理由があったかも、この帳簿は証明しない」


   *


 財務庁の閲覧室には、付属書の綴りと並べて、受領簿が出された。


 受領簿は、保存の台帳とは別物だ。受付の日に、何がどこから届いたかを順に書く。


「受領第二一二号。提出元、軍。点数、二。受領日、竜災の六日目」


 付属書の受領欄の日付と、同じだった。


「受領欄の日付が、整理した日だった可能性は」


「受領簿には、受領日とは別に、保存分類の日付の欄があります。二一二は、分類が十二日目。整理日なら、そちらに入ります。二一一も二一三も、受領は六日目です」


「認定の、翌日だ」


 クラウスは、そこで言葉を止めた。続きは、軍の側の経路を確かめてからだ。


   *


 軍の発送簿は、対外発送の台帳だ。先の軍への照会で開示を断られた四項目に、それは入っていない。照会を出し直し、閲覧は下りた。


 六日目の行は、表題が違っていた。


 ――竜災関係、公務死傷根拠書類一式。点数、二。提出名義、ヴァルター・グレン。認証番号、記載あり。受領証、返送済。


「別の書類に見えるな」


 クラウスが言うと、ミロは首を振った。


「見え方が違うだけです。軍は、出す一件に名を付けて、点数で数えます。財務庁は逆で、一件に受領番号を一つ振り、中身は保存のときに分類して枝番を付ける。枝番は庁内の都合なので、軍の控えには出ません。点数の二は、主文書と付属書の二つ。受領簿の点数も、二です」


 ミロは発送簿の備考を指した。小さな字で、『財務庁受領二一二』。


「軍が受け取った受領証の番号です。軍の控えと財務庁の受領簿が、これで結ばれました。主文書の末尾には『付属書、一綴』とあります。付属書だけを後から足したなら、この記載か点数のどちらかが合わなくなる」


「合っている。後から足された可能性は狭まった。主文書も付属書も、同じ日の同じ一件として受領されている。そこまでだ」


   *


「次は、名義だ」


 付属書の追記の下には、署名と認証印がある。クラウスは、同じ月の軍の通常書類を二通、横に置いた。馬の飼料の精算。財務庁の一般綴で閲覧できる。


「似ているだけでは、足りない。署名の形で、本人と決めない。調査所に、筆跡を鑑定する権限も制度もない」


「見るのは形じゃなく、付け方ですね」


 ミロが三通を並べた。


「軍の認証番号は、日付の次に通し番号です。飼料の二通も、付属書も、同じ体系。付属書の認証日は、発送の六日目で、発送簿に書かれた番号とも一致します。提出名義も、三通とも同じです。それと、飼料の一通には、代理の注記が付いています。代理で出すと、署名欄に必ずそう残る」


「付属書には」


「ありません」


「署名が代理や転記だった可能性は、記録の上では見えない。確認できたのは、追記が、ヴァルター・グレンの名義で、通常の記録と同じ付け方の認証を受け、発送簿の提出名義とも合っていることまでだ」


 クラウスは付け足した。


「本人がその場で筆を執ったのか。本文を誰が起案したのか。それは、この紙からは出ない」


   *


 発送簿に印のあった係は、今も同じ棟にいた。損耗記録の整理について聴取した男とは、別の人物だった。クラウスは面会願に、応じるかどうかは本人が決めてよい、と添えた。


 小部屋の扉は、開けたままにした。


「調査所に、あなたを処罰する権限はない。答えたくない問いには、答えなくていい」


「……承知しました」


 係の男は、膝の上で手を組んだ。


「六日目の発送を、覚えていますか」


「件そのものは。ただ、日々の一件ですので、中身は見ていません。決裁と認証の済んだ綴りを、規定の経路で出すのが仕事です。封の前に、発送簿の点数と綴りの点数を合わせます。二つ、でした」


「付属書を、後から差し込めますか」


「係には、その権限がありません。差し込めば点数が合わなくなります」


「誰が起案したかは」


「存じません。追記の筆も、分かりません。私が見るのは、欄が埋まっているかどうかだけです」


「監視所の警告については」


「何のことか、存じません。読んだ人も、私には見えません」


 ミロが、供述の行を書き取った。クラウスは男に控えを回し、直す箇所がないか確かめてから、扉を開けて見送った。


「あの人が言ったのは、手続きだけですね」


「それでいい。供述は供述だ。経路の裏づけは、帳簿で取れている」


   *


 資料室で、クラウスは手控えに五つの項を立てた。


 一、警告。監視所から送信、司令部で受領、第二係へ回付。誰が読んだかは不明。


 二、脱走認定。竜災の五日目。軍の内部処理。理由の正当性は未確認。


 三、翌日の財務文書。六日目、受領第二一二号。軍の発送簿と財務庁の受領簿が一致。


 四、追記・署名・認証。ヴァルター・グレン名義。通常記録と整合。自筆の瞬間と起案者は不明。


 五、二重記録。人事簿と懲戒録、発送簿と受領簿。それぞれ別の目的で、別の機関に保存。


「これで、『後から判明した』は、どこまで潰れましたか」


「潰れたのは、一部だ」


 クラウスは、筆先を二つ目と三つ目の項の間に置いた。


「遅くとも認定の翌日には、本人名義の提出文書で、リディアを現場責任者とする竜迎撃を承認している。だから、長く知らなかった、後年になって初めて分かった、財務文書を出したときにも知らなかった、という説明は成り立たない」


「でも、認定が五日目で、提出が六日目なら」


「そうだ。認定を決裁した時点ですでに知っていたのか。認定のあと、六日目の提出までに初めて把握したのか。日付だけでは、どちらとも決まらない。警告を読んでいたか、認定と提出が意図して使い分けられたのかも、同じだ。疑いは強まったが、計画だと書けば、証拠の外へ出る」


 筆先が、そのまま下へ滑った。


「ただ、どちらだったとしても残る問いがある。把握したのが六日目までなら、なぜその後、脱走認定を訂正しなかったのか。両立しない二つの記録が、なぜ並んで残ったのか。それは、本人に聞く」


「暮らしのほうは」


「報告書には、前例と財務庁の事前見解を添える。給付が続くとは書かない。正式な審査を求められる用意がある、とだけ書く」


 クラウスは面会の申入書を取った。目的の欄には、八年前の竜災に関する事実確認、とだけ書いた。資料の中身は、一行も入れない。


「今は、見せないんですね」


「向こうの話を聞く前に、決定打を出す理由がない」


 封をしながら、クラウスは続けた。


「もし、後から知った、と言われても、聞くことは決まった」


 ミロが顔を上げた。


「少なくとも翌日には、あなた自身の名で承認している。なら、なぜ脱走兵の記録を残したのか」

ご覧いただき、ありがとうございます。


次回は明日19:10に更新予定です。

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