↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その英雄、竜を殺していません ~王都経歴調査所は英雄譚を記録から確かめる~  作者: 瀬川 理久


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/19

第11話 竜討伐臨時隊

 財務庁の許可は、三日で下りた。


 閲覧は、照会した三項目の範囲内。立会い付き、写しは出ない。案内の係は、それだけを告げて、保存庫に隣り合う小部屋へ二人を通した。


「竜災当日の、公務死傷に関する支給と審査の根拠です。棚の札に従ってください。持ち出しは出来ません」


 係は扉の脇に立った。机には、綴りが積まれている。


「前は、人の名から支給簿の行を引きました。今回は根拠の側から引きます」


 ミロは支給決定綴を開き、人名の欄を飛ばして、根拠欄を指でたどった。


「提出元、軍。受領第二一二号。同じ番号が、ずっと続いています」


「一件の提出が、まとめて処理された」


「はい。人ごとに書類を出したのではなく、一つの提出を根拠に、一括で支給を決めています。この番号が、処理の単位です」


 クラウスは番号を控えた。


 綴りの頭に、主文書があった。支給の根拠を述べる一枚。公務の最中に生じた死傷であること。状況は軍から報告されたこと。本文は短い。


「薄いですね」


 ミロの声が低くなった。


「末尾を見てください。『付属書、一綴』とあります」


 クラウスも見た。確かにある。綴りを最後まで繰った。主文書の次は、支給額の計算票で、そこで終わっている。


「付属書が、ない」


「ない、までだ。無いとは書けない。主文書が挙げている以上、どこかにあるか、あった」


「あった、のほうを先に考えます。支給が済むと、綴りは軽くされるんです。決定に要る紙は決定綴に残して、添付と付属は、審査根拠の別分類へ移す。この庁の保存規則です」


「移せば、番号は」


「変わりません。枝番がつくだけです。表題を知らなくても、番号なら引けます」


 ミロは棚の札の写しを手に、係へ審査根拠資料の場所を聞いた。別の棚だった。


 二一二の一は、計算の補助票。二一二の二は、軍の損耗の集計。


「違います。付属書とは、書いてありません」


「次を」


 二一二の三は、薄い綴りだった。表紙の分類欄に、『付属書』。受領第二一二号。保存形態の欄に、『原本』。


 ミロの手が、一度止まった。


「主文書の枠と、番号が合います」


「表題は」


「《公務戦死・負傷補償付属書》」


 読み上げさせず、クラウスは綴りを自分で受け取った。


「一項目ずつ見る。表題。本文。追記。提出情報。順に言ってくれ」


 ミロが覗き込み、指でなぞる。


「本文。部隊名、《竜討伐臨時隊》。人数、十一名。名簿が付いています。現場責任者、リディア・セルン。行動、竜迎撃」


 紙の上で、名前が読めた。


 クラウスの目は、そこで少し動かなくなった。八年、彼女は軍の紙の上では、持ち場を捨てた者だった。ここでは、責任者の欄にいる。


 ミロが横目で見たが、何も言わなかった。


「続けてくれ」


「追記が一行。『現場判断による迎撃行動を承認する』。その下に、ヴァルター・グレンの署名と、認証の印」


「財務庁の承認ではない」


「違います。承認しているのは、書いた本人です。提出された文書の上で」


「その通りだ。次、提出情報」


「付属書の末尾に、軍側の提出元表示。ヴァルター・グレン名義。財務庁側は、受領第二一二号と受領欄の印。主文書の受領情報と、一致します」


「受領日は」


「記載があります。控えます」


「控えるだけにする。軍の内部の日付とは、まだ突き合わせない。この紙がどの経路で来たか、確かめる前に並べれば、順序だけが先に結論になる」


 ミロが頷いて、日付を手控えに写した。


 クラウスは綴りを机の中央へ置いた。


「ここで、この文書が何を証明するか、整理する」


 ミロが筆を持った。


「軍から財務庁へ渡った補償の根拠文書の上で、十一名が《竜討伐臨時隊》と記され、リディア・セルンが現場責任者、行動が竜迎撃として扱われている。ヴァルター・グレン名義の承認の追記がある。財務庁は、それを原本として保存している。ここまでだ」


「ここまで、ですか」


「ここまでだ。原本だから、書かれた中身が事実だとも、署名と認証が真正だとも、決まるわけじゃない。十一人が全員、何をしたか。誰の一撃が致命傷だったか。リディアが竜を倒したのか。どれも、この紙は書いていない」


「彼女の証言とは、合いますよね。十一人、現場責任者」


「符合はある。だが、彼女の私的な記録は、まだ見ていない。付属書の十一名と、彼女が覚えている十一人が、同じ集合かどうかは分からない。以前、在所欄から追った人物も、配置簿の名前も、ここの名簿と照らすまで、臨時隊員とは呼べない」


 ミロは筆を止め、それから書き足した。


「照合前、ですね」


「次に確かめることを、分ける」


 クラウスは、順に指を折った。


「一つ。この付属書が、軍でどう起案され、どこを回って、いつ、誰の手で財務庁へ受領されたか。二つ。追記と本文は、同じ手と同じ時期か。署名と認証は、本人のものか。誰が起案したのか。三つ。名簿の十一名と、リディアの記録の十一人の照合」


「どれも、今日は出ません」


「出ない。出ないものを、出たことにはしない」


 ミロは付属書の綴りを見下ろした。


「でも、軍の記録とは、両立しません」


「両立しない。軍の側は、リディア・セルンを敵前逃亡、無断離隊としている。財務庁保存の付属書では、リディアを現場責任者、行動を竜迎撃と記し、ヴァルター名義の承認追記が付いている。どちらが正しいか、今は言わない。どちらかを無効とも言わない。確定できるのは、同じ人物について、両立しない二つの記録が、公式の書庫に存在することだ」


 言ってから、クラウスは静かに息を吐いた。


「なぜ、そうなったのかも、誰が望んだのかも、この紙からは出ない。警告を無視したか、改ざんを命じたか。断定できる材料は、まだ一つもない」


 係が、時間を告げた。ミロは綴りを元の棚へ戻し、番号の札を揃えた。立会いの前で、二人は何も持ち出さなかった。


 廊下に出て、ミロが言った。


「軍の回答を受けたときに言った通りでした。金を払った側は、残していた」


「お前が、番号を追ったからだ。主文書だけで終わっていたら、出ていない」


 ミロは、少し照れたように笑って、すぐに表情を戻した。


「リディアさんの扱いだけじゃ、ないですよね」


「ああ」


 クラウスは、歩きながら続けた。


「竜を迎撃したのが臨時隊なら、《北境の竜殺し》の評価の組み立ても、そのままではいられない。マティアス殿が、当日、後方で何をしていたのか。公式の評価に書かれていないことがあるなら、事実に沿って組み直す必要がある。リディアだけの話では、なくなった」


「調べますか。マティアス殿の、当日の」


「調べる。偽りだと決めてかかるのではなく、何を成したのかを、最初から」


 庁舎の階段を降りきる前に、クラウスは足を止めた。


 手帳に、一行だけ書いた。


 ――軍では、脱走兵。財務庁では、竜討伐臨時隊の現場責任者。

ご覧いただき、ありがとうございます。


次回は明日19:10に更新予定です。

続きが気になりましたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。