第11話 竜討伐臨時隊
財務庁の許可は、三日で下りた。
閲覧は、照会した三項目の範囲内。立会い付き、写しは出ない。案内の係は、それだけを告げて、保存庫に隣り合う小部屋へ二人を通した。
「竜災当日の、公務死傷に関する支給と審査の根拠です。棚の札に従ってください。持ち出しは出来ません」
係は扉の脇に立った。机には、綴りが積まれている。
「前は、人の名から支給簿の行を引きました。今回は根拠の側から引きます」
ミロは支給決定綴を開き、人名の欄を飛ばして、根拠欄を指でたどった。
「提出元、軍。受領第二一二号。同じ番号が、ずっと続いています」
「一件の提出が、まとめて処理された」
「はい。人ごとに書類を出したのではなく、一つの提出を根拠に、一括で支給を決めています。この番号が、処理の単位です」
クラウスは番号を控えた。
綴りの頭に、主文書があった。支給の根拠を述べる一枚。公務の最中に生じた死傷であること。状況は軍から報告されたこと。本文は短い。
「薄いですね」
ミロの声が低くなった。
「末尾を見てください。『付属書、一綴』とあります」
クラウスも見た。確かにある。綴りを最後まで繰った。主文書の次は、支給額の計算票で、そこで終わっている。
「付属書が、ない」
「ない、までだ。無いとは書けない。主文書が挙げている以上、どこかにあるか、あった」
「あった、のほうを先に考えます。支給が済むと、綴りは軽くされるんです。決定に要る紙は決定綴に残して、添付と付属は、審査根拠の別分類へ移す。この庁の保存規則です」
「移せば、番号は」
「変わりません。枝番がつくだけです。表題を知らなくても、番号なら引けます」
ミロは棚の札の写しを手に、係へ審査根拠資料の場所を聞いた。別の棚だった。
二一二の一は、計算の補助票。二一二の二は、軍の損耗の集計。
「違います。付属書とは、書いてありません」
「次を」
二一二の三は、薄い綴りだった。表紙の分類欄に、『付属書』。受領第二一二号。保存形態の欄に、『原本』。
ミロの手が、一度止まった。
「主文書の枠と、番号が合います」
「表題は」
「《公務戦死・負傷補償付属書》」
読み上げさせず、クラウスは綴りを自分で受け取った。
「一項目ずつ見る。表題。本文。追記。提出情報。順に言ってくれ」
ミロが覗き込み、指でなぞる。
「本文。部隊名、《竜討伐臨時隊》。人数、十一名。名簿が付いています。現場責任者、リディア・セルン。行動、竜迎撃」
紙の上で、名前が読めた。
クラウスの目は、そこで少し動かなくなった。八年、彼女は軍の紙の上では、持ち場を捨てた者だった。ここでは、責任者の欄にいる。
ミロが横目で見たが、何も言わなかった。
「続けてくれ」
「追記が一行。『現場判断による迎撃行動を承認する』。その下に、ヴァルター・グレンの署名と、認証の印」
「財務庁の承認ではない」
「違います。承認しているのは、書いた本人です。提出された文書の上で」
「その通りだ。次、提出情報」
「付属書の末尾に、軍側の提出元表示。ヴァルター・グレン名義。財務庁側は、受領第二一二号と受領欄の印。主文書の受領情報と、一致します」
「受領日は」
「記載があります。控えます」
「控えるだけにする。軍の内部の日付とは、まだ突き合わせない。この紙がどの経路で来たか、確かめる前に並べれば、順序だけが先に結論になる」
ミロが頷いて、日付を手控えに写した。
クラウスは綴りを机の中央へ置いた。
「ここで、この文書が何を証明するか、整理する」
ミロが筆を持った。
「軍から財務庁へ渡った補償の根拠文書の上で、十一名が《竜討伐臨時隊》と記され、リディア・セルンが現場責任者、行動が竜迎撃として扱われている。ヴァルター・グレン名義の承認の追記がある。財務庁は、それを原本として保存している。ここまでだ」
「ここまで、ですか」
「ここまでだ。原本だから、書かれた中身が事実だとも、署名と認証が真正だとも、決まるわけじゃない。十一人が全員、何をしたか。誰の一撃が致命傷だったか。リディアが竜を倒したのか。どれも、この紙は書いていない」
「彼女の証言とは、合いますよね。十一人、現場責任者」
「符合はある。だが、彼女の私的な記録は、まだ見ていない。付属書の十一名と、彼女が覚えている十一人が、同じ集合かどうかは分からない。以前、在所欄から追った人物も、配置簿の名前も、ここの名簿と照らすまで、臨時隊員とは呼べない」
ミロは筆を止め、それから書き足した。
「照合前、ですね」
「次に確かめることを、分ける」
クラウスは、順に指を折った。
「一つ。この付属書が、軍でどう起案され、どこを回って、いつ、誰の手で財務庁へ受領されたか。二つ。追記と本文は、同じ手と同じ時期か。署名と認証は、本人のものか。誰が起案したのか。三つ。名簿の十一名と、リディアの記録の十一人の照合」
「どれも、今日は出ません」
「出ない。出ないものを、出たことにはしない」
ミロは付属書の綴りを見下ろした。
「でも、軍の記録とは、両立しません」
「両立しない。軍の側は、リディア・セルンを敵前逃亡、無断離隊としている。財務庁保存の付属書では、リディアを現場責任者、行動を竜迎撃と記し、ヴァルター名義の承認追記が付いている。どちらが正しいか、今は言わない。どちらかを無効とも言わない。確定できるのは、同じ人物について、両立しない二つの記録が、公式の書庫に存在することだ」
言ってから、クラウスは静かに息を吐いた。
「なぜ、そうなったのかも、誰が望んだのかも、この紙からは出ない。警告を無視したか、改ざんを命じたか。断定できる材料は、まだ一つもない」
係が、時間を告げた。ミロは綴りを元の棚へ戻し、番号の札を揃えた。立会いの前で、二人は何も持ち出さなかった。
廊下に出て、ミロが言った。
「軍の回答を受けたときに言った通りでした。金を払った側は、残していた」
「お前が、番号を追ったからだ。主文書だけで終わっていたら、出ていない」
ミロは、少し照れたように笑って、すぐに表情を戻した。
「リディアさんの扱いだけじゃ、ないですよね」
「ああ」
クラウスは、歩きながら続けた。
「竜を迎撃したのが臨時隊なら、《北境の竜殺し》の評価の組み立ても、そのままではいられない。マティアス殿が、当日、後方で何をしていたのか。公式の評価に書かれていないことがあるなら、事実に沿って組み直す必要がある。リディアだけの話では、なくなった」
「調べますか。マティアス殿の、当日の」
「調べる。偽りだと決めてかかるのではなく、何を成したのかを、最初から」
庁舎の階段を降りきる前に、クラウスは足を止めた。
手帳に、一行だけ書いた。
――軍では、脱走兵。財務庁では、竜討伐臨時隊の現場責任者。
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次回は明日19:10に更新予定です。
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