ひそかに「体罰」を組み入れた授業は、もう不可能なのか?
さて、体罰が場合によってはかなり効果的な教育手段ではあるのだが、このように言った時点で、「それでも体罰は絶対に禁止すべきだ」と拒否反応を示される方も多いと思われる(その拒否反応の根拠となることがらも、実はかなりあやふやで偏ったものなのだが、それについては後の章で詳述したい)。
その反面、例えば近く受験を控えた本人・あるいはその保護者の方で、どうしても行きたい学校があるのだが、今のままではどうあっても成績がそのランクに届かない、なんとかして成績をぐっと伸ばす方法はないものか、と思い悩んでいる方であれば、わらにもすがる思いで、
「そうは言っても、現にあなたはごく最近まで学習塾で厳しい授業を実施し、効果を上げていた、といったではないか。学習塾では、成績を上げることがなにより重要なのだから、同じように、法律の目をかいくぐり、体罰ありの厳しい授業を実施することは可能なのではないか」
などと考える方もいらっしゃるかもしれない。
だが、現実問題、集団授業で厳しい授業を行うことは、ほぼ不可能である。
私自身も、数年前まではこっそり実施していたが、今はクラスの生徒、そしてその保護者の大多数に懇願されたとしても、決して行うつもりはない。
もし行えば、ほぼ必然的に塾に迷惑がかかるからだ。
どういうことか。
学習塾の使命は、確かに生徒の成績を上げ、志望校に合格させることだ。
だが、こと集団指導においては、最上級クラスでも、さまざまな生徒が混じる。
やんちゃで、授業中にふざけて騒ぐのが大好きな生徒がいるかと思えば、真面目で物静かで、ひたすら集中して勉強する生徒もいる。
この「おちゃらけて騒ぐ生徒」を静かにさせるため、授業中、怒鳴りつけるなりひっぱたくなりして静かにさせたとする。
すると、どうなるか。
その手の子どもさんを抱えた保護者の方以外、信じがたいかもしれないが、必ずと言っていいほど物静かな生徒の保護者から「授業中怒鳴り声や体罰が行われていて怖いと子どもが訴えるので、そういう行為はやめてほしい」とクレームが入るのである。
一応強調しておくが、叱ったのはその「真面目で物静かな生徒」ではない。そういった生徒の勉学の邪魔になる「おちゃらけて騒ぐ生徒」である。それでも、「そういった叱り方はやめてほしい」とクレームが入るのだ。
この種の物静かな生徒の多くは、保護者の方の努力により、極めて平穏な環境下で今までの人生を過ごしてきている。それは子ども本人にとって幸福なことなのだが、弊害もある。あまりに平穏過ぎる環境に慣れきってしまうと、それ以外の、むき出しの感情に晒されるような環境に対して、全くの無防備な状態になってしまうのである。
他の生徒が手ひどく怒られているのを目にしたこの種の生徒は、多大なストレスを感じ、すぐさま保護者へ「もうあの塾は怖いから行きたくない」などと泣きながら訴えることになる。と、こういったセンシティブな生徒を育てる保護者は、たいがい熱心で「意識が高く」、ありとあらゆる方法を駆使して子どもの進む道から障害を取り除いてきた方が多い。なので、すぐさま塾にクレームを入れることになる。
「子どもを注意するのに言葉を荒げたり、ひっぱたいたりするとはなにごとか。あくまで冷静に言い聞かせる方法で注意するようにしてほしい。そういった対応をしてくださらない限り、ウチの子をそちらへ通わせることはできません。すぐさま退塾させます」などなど。
そもそもこういった真面目で努力家の生徒の邪魔になるから、講師は「おちゃらけて騒ぐ生徒」をきつく注意したのである。それも、通常の注意の仕方では効き目がないから、きつく注意したのだ。にもかかわらず、当のその真面目な生徒側からクレームが上がってきてしまう。
もちろん、真面目な生徒のクレームは、現行法上極めてまっとうなものであるし、自分の子どもを心配するあまり、クレームを上げる保護者の気持ちも理解できる。
ならば、仕方がない。
塾側は、クレームを入れた保護者に運営側は平謝りし、必ず改善させると約束せざるを得ない。講師に対しても、それ以降は「言葉を荒げたりせず」「冷静に言い聞かせる」方向で指導をしてほしい、と言い渡し、その指導の徹底をはかるしかない。そうしなければ、真面目で熱心な、塾としては絶対にキープしておきたい生徒の退塾につながるばかりか、学習塾自体に悪い評判が立ち、塾の存続自体が危ぶまれる事態にもなりかねないからだ。
先ほども述べたが、受験塾の多くが集団指導を行っている以上、そのクラスにはさまざまな生徒が混じる。真面目で熱心な生徒もいれば、ふざけて授業を妨害することにばかり熱心な生徒もいる。そういった「授業の妨げになる生徒」をきちんと黙らせ、授業に集中できる「厳しい教室運営」を行うことが、結局は生徒全員の能力を引き上げ、最終的に全員の利益となる。それは分かっているが、いざ厳しい指導を行ってしまうと、さまざまな生徒が混じるがゆえに、必ずといっていいほど保護者からクレームが上がり、運営側に深甚な迷惑をかけることになる。
このように、いくら成績を上げるためとはいえ、多くの生徒から嫌われ、保護者から目の敵にされ、塾の運営サイドからは煙たがられ、自らの職を危険にさらしてまで、厳しいけれども効果的な授業を行うのは、講師本人にとって、全くもって割に合わないことなのである。
ということで、今となっては学習塾ですら「こっそりと」厳しい授業をすることは――よほど目的意識にそまった、自己防衛意識のない、奇特な講師でない限り――ほぼ不可能なのである。




