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〔1000PV越え:ありがとうございます〕「子どもを守れ」が子どもを不幸にする  作者: 石井 浩史


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おわりに

 近年、日本において社会階層の二極化が起きているとよく言われる。

 1990年代以前、国民の大部分が「自分は中流だ」と思っていた――実際に、そのような生活を送ることができていた――のに対し、現在は一部の富裕層と、大部分のそうでない層に分かれてきている、というのである。

 実際、非正規雇用者は増加し、低所得者層は増加しつつある。そして、大変残念なことであるが、低所得者層に産まれた子どもが成長した後、富裕層の仲間入りを果たす事例は、ごくごく少ない。

 なぜこのような社会になってしまったのか。

 日本の社会全体が低成長時代に入り、企業が雇用を差し控えたり、非正規による雇用を増やしているから、という事ももちろんある。

 だが、「しつけ・教育」という面から見ると、この原因――以前あれほど分厚かった「中流層」が姿を消し、軒並み貧困層へと移動していった原因は、「子どもの人権」を重視し、その結果「強制的努力」を子どもに強いることをやめたことではないかと、私は思っている。

 より有利な条件で社会になろうと思えば、よい学校を卒業して企業から選ばれやすくする、手に職をつける、難度の高い資格を取る、などといったことが必要である。が、それらをしようと思えば、努力は必須である。生まれつきの素質だけでこれらをこなすことのできるものなど、ごくごく少数に過ぎない。

 ある時一念発起して努力をはじめたにしても、「なんでこんなことしてるんだろう」と思ったが最後、モチベーションは失われ、集中力はなくなり、楽しいことばかりに目が向くようになって、ついには投げ出してしまう。日本中に蔓延している「努力軽視」の風潮の中、自主的に目標を設定し、他の子どもが適当に楽しくやっている中、ただ一人コツコツ努力し続けるというのは、並大抵の自制心でできることではないのである。

 かつては、厳しいしつけ・教育により、「独力では努力の続かない子ども」を強制的に努力させることによって、目標を達成させてきた。

 一度努力によって目標を達成し、周囲から褒められるという体験――すなわち自己実現――を経験すれば、子どもは「なるほど、努力というのはこういった素晴らしい結果を生むのだな」と肌で味わうことができる。そこから、努力の真の意味を悟り、自主的に努力できるようになっていく(もちろん、そうはならないものもいる。が、少なくとも「努力」の意味を実感はできる)。

 こうして向上心を身につけた子どもが「中流層」を形成していたのである。

 その原動力となる「厳しいしつけ・教育による強制」をなくしてしまったのだから、日本経済の中核を担うはずの中流層が忽然とかき消えてしまったのも、ある意味当然である。

 今のままの「努力軽視」の状況が続けば、ますます貧困層が増え、二極化はさらに激しくなっていくに違いない。

 そこまで無理して働かなくてもいいじゃないか、という意見もあるだろう。

 だが、「親ガチャ失敗した」「運が悪かった」などとぐだぐだ文句を言うだけで、一攫千金ばかりを狙い、失敗をくり返す人生が、子ども本人にとって「幸福」なのだろうか。

 「自分の生活のため・家族を養うため」いやいやながら低賃金で働き、職場や地域の人たちともよい関係を築こうともせず、その場限りの楽しみを与えてくれるだけのスマホゲームに熱中する人生が、「幸福」なのだろうか。

 今の教育制度は健全な社会の形成と個人の幸福、そのどちらにも寄与していないのではないかと、私には強く感じられる。

 安易に心地よい言葉に耳を貸すのはやめ、子どもに真に必要なことはなんなのか、もう一度熟考し、改めて制度を設定する必要があるのではないだろうか。

 


 

ご意見、ご感想等いただけましたら幸いです。個人的なご相談がございましたら、「メッセージ」か、あるいはfacebookの「石井浩史」までご連絡お願いします。

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