現在、日本の子どもは幸福なのか?
閑話休題。
とりあえず今のところ、「世界幸福度ランキング」とは、「その国民が実際に感じている幸福度」を直接反映したものではなく、ランキング作成者の「こういう国家の国民であることが幸福なのだ、そうに決まっているのだ」という、かなり独りよがりな思い込みが多分に混じっているものである、ということだけご理解いただければと思う。
「それがどうした、そんなランキングなど自分は気にしたことはないし、子どもの幸福となにも関係ないではないか」
などと思われる方がおられるかもしれない。
ところが、これが大ありなのだ。
というのも、体罰や怒鳴り声を禁止したり、「子どもの権利」を高らかに叫び、「子どもを守れ」と強く主張したりといった活動は、明らかにこの「世界幸福度ランキング」とよく似た考え方に基づき、実施されているのである。
つまり、子どもに対し厳しくしつけたり教育したりという行為を一切禁止し、ひたすら褒めてのびのびやりたいことをやらせてあげる、という教育方針の大本は、「子どもの権利を尊重してあげれば、子どもは幸せになるに違いない」という身勝手な思い込みから生じており、これらの教育を強く推進した一派は、そういった教育方針が実際子どもたちにどのように作用するか、教育現場においてどのようなメリットでメリットを生じるか、教育目標の達成にどれほど有用か、などといったことどもについては、まるで考慮せず――あるいは、それらを軽く見て――法制化してしまったのである。
では、これらの法整備の結果、「日本の子どもは幸福になったかどうか」、その結果を見てみよう。
2025年度ユニセフ発表の子どもの幸福度調査によれば――ユニセフも国連機関なので、その調査が当てになるかどうか分からないが、他に適当な調査結果が見当たらないので、一つの目安として考えてほしい――日本の子どもは肉体的には健康だが、精神的幸福度、すなわち最も「純粋幸福度」に近い指標において、36カ国中32位。2020年の前回調査では38カ国中37位だったから、多少はその順位は上がったものの、相変わらず低いままに留まっている。
この結果と、2019年度の純粋幸福度調査で、日本人の純粋幸福度は世界平均を上回っていることを考え合わせてみる。
すると、「子どもの権利」を尊重されて育ってきた今の子どもは、そんな法整備などなかった時代に子どもであった大人達に比べ、ずっと精神的幸福度が低い、という結果があぶり出される。
もちろん、先ほども言ったとおり、ユニセフの出したランキングは国連を牛耳る「欧州びいきのリベラル派」の思惑が絡んでいると思われるから、そのままうのみにするわけにはいかない。だが、いかに数値を操作したとしても、平均以上の精神的幸福度を最下位近くにまで引き下げることが可能とも思えない。
だとすると、今の子どもは明らかに「昔子どもだった大人」よりも不幸である、いうことになるのではないか。
つまり、「子どもを守り」「子どもの権利を尊重する」国家となるよう、法整備を行った結果、その思惑とは裏腹に、子どもは明らかに不幸になっている――少なくともその可能性がある、ということができるのである。
幸福にしてあげようと思って行動したら、逆に子どもは「自分は不幸だ」と感じるようになった。
なぜ、こんなでたらめな結果が生じてしまったのか。
その理由は明白だ。「こういう条件が揃えば子どもは幸福になるはずだ」とした条件が、そもそも間違っていたのである。
先ほども「世界幸福度ランキング」について言及したが、「ゆとり」教育の失敗を受け、次なる指標を打ち立てようとしたとき、日本は国連組織が「これこそ子どもを幸福へと導く道だ」と推奨する方向性――「子どもの権利」を尊重し、「子どもを守る」方向性へと舵を切った。
だが、先ほど見たとおり、「国連指標」で高い評価を受けており、人権先進国でもあるヨーロッパの国々自体、純粋幸福度は高くない。
つまり、国民は「自分は幸福だ」と考えていないのである。
そのような国で実施されている政策を、そもそも文化面で大きく隔たりがある我が国が猿マネで実施したところで、効果が上がるはずがないではないか。
「それでも、子どもの人権を守ること、子どもを虐待から守るための法整備には意味がある。虐待死や子どもの自殺を未然に防ぐためには、このような法律が絶対に必要なのだ!」
と強弁する方がいらっしゃるかもしれない。
ところが、である。
日本の小中高生の小中高生の自殺率は、「子どもを守れ」政策が実施された後も、増え続けている。子どもの虐待死者数も、「子どもを守れ」政策実施以前以後にかかわらず、増減をくり返しており、実施以降はむしろ微増傾向だ。そして、児童相談所における児童虐待相談対応件数も、やはり増加の一途をたどっている(もっとも、これは「虐待」の範疇が拡大され、以前より児相に相談し安くなったことが相談数増加を押し上げている可能性もある。しかし、それならそれで、虐待死者数は減少しそうなものだが、相変わらずの数字になっているところを見ると、効果を発揮しているとは言いがたいようにも思える)。
つまり、こういうことだ。
いくら手厚く「子どもの権利」を守り、子どもに対する虐待を法的に取り締まることが可能になっても、「やるヤツはやる」。子どもの自殺率や虐待死者数を本気で引き下げたいのなら、保護者をはじめ、各学校や塾などの教育機関における注意深い観察と、時には強制的に「子どもの自由」を奪う強制力の付加、そして、なによりも面と向かってさまざまなことを話し合う時間を増やす、といった草の根レベルでの活動を充実させることがなにより必要なのだ。
そちらをおざなりにしておいて、全体を大きく規制するだけの法整備など、何の意味もない。むしろ、再三述べているように、「虐待禁止」を法制化することで、かえって子どもの成育に悪影響を与えている。
このように、結果・効果から鑑みると、「子どもを守るための」法整備は、現状「子どもの虐待死や自殺を未然に防ぐ」ため、効果を発揮しているとは言いがたい。しかもその上、子どもをバカにし、ダメにし、不幸にさえしている。つまり、この法整備は完全な失策であり、今度こそ「本当に子どもの健全な成長に効果的なしつけ・教育」に有用な形になるようよく考えた上、再改正を行うべきだと結論せざるを得ないのである。




