第三部 異郷の声 82 選び直した道
道を変えることは、目的を捨てることではない。
危険を前にした四人は、進むという言葉の意味を考え直す。
橋は村から半刻ほど歩いた先にあった。
川の流れは見た目には穏やかで、水面を滑る落ち葉が時おり橋脚の陰へ消える。
だが橋の手前には新しい杭が打たれ、横木には布が結ばれていた。
近づくなという印だった。
「昨日聞いた以上に傷んでいる」
ヘルマンが低く言った。
彼は柵の外側に立ち、橋桁を遠くから見た。
土台の下がえぐられ、石を抱える木組みの一部が宙に浮いている。
「人一人なら渡れそうに見えるね」
ハインツが言った。
「だからといって安全とは限らない」
「ええ。渡るとは言っていません」
二人は互いに目を合わせ、同じ方を向いた。
近くの畑から来た男が声をかけた。
「その橋は使わない方がいい。今朝も下の土が落ちた」
「向こう岸へ行くには?」
「下流に渡しがある。遠回りになるが、川幅が広くて流れが遅い」
「料金は分かりますか」
「荷物の量で変わるよ。誰が渡し守をしているかによっても」
男は籠の持ち手を握り直した。
「川は昨日と同じ川じゃない。渡しでもよく聞いてから乗ることだ」
ジュリアは地図を開いた。
村で借りて写した道筋には、橋を示す細い線が引かれている。
線の横には、これまで誰も気にしなかった空白があった。
彼女はその余白へ「現在通行不可」と書きかけ、筆を止めた。
「この地図は、あくまで私たちの控えですね」
「そう。村の地図そのものを直したわけではない」
エリゼーが答える。
ジュリアは日付と、教えてくれた畑の男の発言であることを添えた。
***
木陰で四人は荷を下ろした。
橋を渡れば昼までに次の宿へ着けるはずだった。
渡しへ回るなら、今日の宿を決め直さなければならない。
「私は渡しへ回った方がいいと思う」
ハインツが先に言った。
「問題は、向こう岸に着いてから日暮れまで歩けるかどうかだ」
「無理なら泊まる場所を探す」
ヘルマンが答える。
「知らない村で必ず寝床が見つかるとは言えない」
「それも含めて聞きましょう」
ジュリアは荷の中の乾パンを数えた。
「食べ物は一日分なら余裕があります。急ぐ必要があるのでしょうか」
エリゼーはすぐに答えられなかった。
自分の職場なら、資料の到着が一日遅れれば誰に伝えるべきか分かる。
旅に出てから、行く先の誰が自分たちを待っているのか、まだ定まっていない。
目的は古い災害の伝承を聞くことだが、問いは相手に予定を押しつける理由にはならない。
「急ぐ理由は、ないわ」
ようやく彼女は言った。
「ただ、予定どおりに進みたい気持ちはあった」
「それは私もある」
ハインツが答えた。
「四人で決めた道だからね。でも、決めたときとは足元が違う」
ヘルマンはうなずき、地面へ小枝で二本の線を引いた。
一本は橋を通る短い道、もう一本は川に沿って曲がる道。
「私が案内を引き受けた以上、通れる道を示す責任はある。ただ、皆がどこまで歩くかは私だけで決めたくない」
「それを聞けてよかった」
ジュリアが言った。
「案内される側にも、判断する仕事があるんですね」
***
下流へ向かう道は、川原の石が多かった。
四人は荷を少しずつ持ち替え、足を滑らせないよう歩いた。
途中、畑の石垣が崩れかけているところがあり、ヘルマンは立ち止まった。
「手を入れたいが、土地の持ち主が分からない」
「村で伝えられる人はいるかしら」
エリゼーが尋ねる。
「さっきの人が知っているかもしれない。帰り道に知らせておこう」
彼は崩れた位置を覚え、勝手には積み直さなかった。
歩き続けると、日差しが強くなった。
ハインツは先頭を歩くのをやめ、エリゼーの隣へ来た。
「疲れていない?」
「少し。でも、まだ歩ける」
「僕は少し休みたい」
その言い方が嬉しかった。
彼女の様子を見て気を回すのではなく、自分の必要を先に言ってくれたからだ。
四人は川辺の乾いた石に腰を下ろし、水を分け合った。
「変なものね」
エリゼーは橋の方角を見た。
「向こう岸へ行くのが目的だったのに、橋を渡らないと決めてから、ようやく歩いている実感がある」
ハインツは水筒の栓を閉じた。
「道を選んだのが、自分たちだと分かったからじゃないかな」
夕刻までに渡し場のある集落へ着くと、家々の間に低い桟橋が見えた。
船は対岸にあり、岸辺に数人の旅人が待っていた。
ヘルマンは料金を聞きに行ったが、すぐに戻ってきた。
「今日は向こうからの荷を先に運ぶそうだ」
「待てます」
ジュリアが言う。
「私たちが昨日立てた予定より、今ここにいる人の荷の方が先なんでしょう」
エリゼーはその返事に、静かにうなずいた。
橋を渡らなかった今日のことも、旅の一日として残る。
紙の上では長くなった線が、四人の間では少し違うものを結んでいた。
傷んだ橋を見て、四人は移動経路と予定を変更しました。
次は下流の渡し場から対岸へ向かいます。




