第三部 異郷の声 80 夕餉の席
旅人が土地の暮らしを知るのは、珍しい話を聞くときだけではない。
一緒に食べることからも始まる。
夕餉の席は、広場の隣にある共同の建物に設けられていた。
大きな鍋が二つ並び、子どもたちが器を運んでいる。
木の長机には食べ物より先に、濡れた布を干すための縄が渡されていた。
「今日は手が足りなくてね」
案内してくれた男が言う。
「食べたいなら、まず運ぶのを手伝っておくれ」
「もちろんです」
ハインツが答えた。
ジュリアは皿の数を数え、足りない分を棚から取り出した。
エリゼーは長机を拭き、布を別の場所へ掛け直す。
ヘルマンは薪の置き方を教わり、火のそばに立つ若い男を手伝った。
それぞれ違う仕事を引き受けたため、四人が再び顔を合わせたのは、食事が始まる直前だった。
「もう調査が進んだ?」
ハインツがエリゼーに聞いた。
「皿の数なら、よく分かったわ」
「それも記録になるかもね」
ジュリアが笑った。
「ただ、誰が何枚食べたかまでは書きません」
「それはありがたい」
ヘルマンが言った。
席に着くと、年配の女が小さな声で祈りを捧げた。
広場での祈りより短く、途中に長い沈黙があった。
終わると子どもが待ちきれずに器へ手を伸ばし、母親に止められた。
笑いが起き、ようやく食事が始まった。
鍋の中には野菜と豆が煮込まれていた。
乾いたパンを汁へ浸すと、温かさが手まで伝わる。
エリゼーは、遠い土地へ来て最初に覚える味がこれなのだと思った。
***
向かいに座った女が、ハインツに尋ねた。
「二人は夫婦かい」
エリゼーが答える前に、ハインツは少しだけ彼女を見た。
「一緒に暮らしています」
「そうかい」
女はそれ以上聞かなかった。
エリゼーは椀を持つ手を止めずに済んだ。
ハインツが自分の代わりに話したのではなく、二人にとって確かなところだけを話したことが嬉しかった。
しばらくして、畑仕事をしている若い男がジュリアへ話しかけた。
「教会で記録を書く人なの?」
「今は学びながら仕事をしています」
「じゃあ、ここで祈ったことも全部書くのか」
ジュリアは首を振った。
「いいえ。許しを得たものだけです」
「書かれなかったら、なかったことになるのかい」
問いは冗談めいていたが、彼女は真剣に答えた。
「なりません。書く人が知らなかったこともあるし、書かないでおく方が大切なこともあります」
若い男は豆を口へ運びながら頷いた。
「うちの祖母は、昔の祈りを覚えている。でも、よその人に聞かせるのは嫌がるんだ」
「理由を聞いてもいいでしょうか」
「聞けば話すかもしれないし、話さないかもしれない」
彼は笑った。
「今夜は、ご飯を食べた方がいいよ」
ジュリアも笑い、匙を持ち直した。
一方、ヘルマンは向こう側の席で、橋の手入れについて聞いていた。
先月の雨で道が崩れた場所があるらしい。
「通れなくはないが、荷車には危ない」
老人が言う。
「明日の朝、見せていただけますか」
「いいよ。畑へ行く前なら」
「ありがとうございます」
ヘルマンはその約束を帳面に書かず、覚えておくと言った。
道を知るために来たのであって、それがゆえに相手の朝を、必要以上に奪いたくないからだ。
***
食事が終わると、子どもたちは器を片付け始めた。
エリゼーも立ち上がろうとしたが、年配の女に座るよう手で示された。
「客は、最初の日は話合う時間を取りなさい」
「でも、片付けが」
「さっき十分やってくれたよ」
女は自分の椀を伏せて言った。
「知らない土地のことを聞きに来たんだろう。なら、聞く時間も作らないと」
「今日は、広場の祈りを見せていただきました」
エリゼーが言うと、女は首を傾げた。
「珍しかったかい」
「ええ。私の町では、祈りを導く人が決まっていることが多いので」
「ここでも決まっていた時期があるさ。ただ、人が年を取り、帰らない人もいてね」
女は広場の方を見た。
「今は、いる人で続けている」
エリゼーは、言葉を選んだ。
「帰らない人、というのは」
「この村には、昔から災いの話が残っている。でも今夜は、食べに来た人へ怖い話をする日じゃない」
「分かりました」
「明日なら、昔のことをよく覚えている人に会えるかもしれない」
女は少し考えた。
「朝、井戸へ来る年長の人に聞いてみなさい。話す気があるなら、あの人から聞くのがいい」
「ありがとうございます」
女は立ち上がり、空いた皿を重ねた。
エリゼーは彼女の手から一枚だけ受け取った。
「これだけ、運ばせてください」
「一枚だけとは、遠慮深い旅人だね」
「そうかもしれません」
二人は笑った。
宿へ戻る道で、ジュリアは言った。
「何も記録できなかった気がします」
ハインツが答えた。
「食べた豆は覚えたでしょう」
「ええ。とてもおいしかった」
「なら、今日のことはそれでいいんじゃないかな」
エリゼーはそのやり取りを聞いていた。
旅を始めたときは、知りたいことを抱えていた。
今夜は、答えより先に、明日の朝に挨拶をする相手が一人増えた。
それが旅の最初の収穫でもよいと思った。
暗い道の向こうで、村の家々に灯がともる。
どれも特別な光ではない。
そこに人が帰り、戸を閉め、明日の支度をしている。
エリゼーは、その一つ一つが祈りの続きのように感じられた。
遠い災いの話を聞くのは明日でよかった。
今夜、彼女たちはこの村の客として迎えられたのだから。
初めての村で四人は食事を共にしました。
次は、土地の年長者から古い災害の伝承を聞く機会へつながります。




