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第三部 異郷の声 77 初めての街道

門の向こうには、まだ知らない土地が続いている。

旅立ちの日、四人は同じ歩幅を探し始める。

挿絵(By みてみん)

出発の日の朝、門の石は夜露で暗くなっていた。


エリゼーは家の窓を一つずつ確かめ、最後に机の上を見た。

残していくものの方が、持っていくものより多い。

けれども、必要な紙を忘れていないか、三度も鞄を開けた。


「もう一度確かめたい?」

ハインツが尋ねた。


「もう見たわ」

「三回」

「数えないで」


彼は笑い、玄関の灯を消した。


北門ではヘルマンが荷の紐を締め直していた。

ジュリアは歩きやすい靴を履き、新しい鞄を肩へ掛けている。


「おはようございます」

「眠れた?」

エリゼーが聞く。


「少し。眠れなかった分、荷物の重さだけは確かめました」

ヘルマンが言った。


「歩き始めの一時間がいちばん軽く感じます。重さは、帰りたいと思う前に教えてくれますよ」

ジュリアは顔をしかめた。


「励ましているんですか」

「経験の話です」


門番に行き先と通行の手続きを伝え、四人は外へ出た。

振り返ると教会の塔が、町並みの上から見えた。


遠くで鐘が鳴った。

エリゼーは足を止めかけ、ハインツの歩みに合わせて再び進んだ。

いま鐘を聞いたからといって戻る必要はない。

ここで学んだことも、間違えたことも、鞄へ入れずに持っていける。


街道沿いには小さな畑が続いていた。

土を起こしている男が顔を上げ、四人を見送る。


作業着の背に朝日が当たり、畑の水筋だけがまだ冷たく光っている。

ヘルマンは挨拶を返し、橋の手前で道幅を確かめた。


「荷車が来ます。端へ寄ってください」

道を譲ると、車輪が石を砕く音を立てて過ぎた。


後ろに乗る子どもが、珍しそうに四人を見ていた。

ジュリアは小さく手を振り返す。


しばらくすると、農夫が背負い籠を下ろして道端へ座った。

籠からは短く切った葦がのぞいている。


「この先の水場は、道から見えにくいですよ」

声を掛けられ、ヘルマンが礼を言った。


農夫は木立の切れ目を指した。

「以前は標があったが、春の風で倒れた。迷う人が増えたから、今度直すんだ」

四人はしばらく道を見比べ、教わった場所を覚えた。


***


昼前、平たい石のある木陰で休んだ。

ハインツは包みからパンを取り出し、四人へ分ける。

エリゼーは地図と太陽の位置を見比べていた。


「もう、こんなに歩いたの?」

「まだ半分も歩いていません」

ヘルマンの答えに、ジュリアが小さく笑った。


「ここで日が暮れたらどうします?」

「そのときは予定を変えます。道を急いで足を痛めるよりいい」

「私はまだ歩けます」

ジュリアが言うと、ハインツは彼女の足元へ目をやった。


「靴擦れは?」

「少し。でも、言っておいた方がいいですね」

彼女は靴を脱ぎ、踵に薄い赤みがあるのを見せた。


エリゼーが包帯を出そうとすると、ジュリアは言った。

「自分で巻けます。少しだけ布を貸してください」

「もちろん」

ジュリアは包帯を巻き終え、少し歩いて具合を確かめた。


「大丈夫そうです」

「痛みが強くなったら言って」

エリゼーが言う。


「はい。でも言ったからって、すぐ引き返させないでくださいね」

エリゼーは思わず笑った。


「まず、どうしたいか聞くわ」

ジュリアも笑い、改めて靴を履いた。


歩く道の長さより、こうした小さな相談を続けられるかが、四人にとって大切なのかもしれなかった。


ハインツは水を汲みに行き、ヘルマンは道の先を確かめた。

エリゼーはジュリアの隣に座った。


「旅が始まった実感はある?」

「痛いところから実感するなんて、少し残念です」

「きっと、後で笑えるわ」

「後でも痛かったら?」

「そのときは休みましょう」


午後、街道の右手に古い石の標が現れた。

表面の字は風雨で削れ、地名の一部しか読めない。


ヘルマンは標の陰に残る道筋を確かめ、向かいから来た農夫へ聞いた。


「この先の泉は、まだ使えますか」

「浅いが出ている。ただ、下の方がきれいだ」


「ありがとうございます」

ジュリアは二人のやり取りを聞いていた。


「道標が残っていても、人に聞かなければ分からないんですね」

「道は毎年変わります」

ヘルマンは答えた。

「人が通るからこそ、直さなきゃいけない場所も出てくる」


夕刻、予定していた小さな休憩所へ着いた。

泊まってもよいか尋ねると、管理する家の者は奥の空いた部屋を指した。


食事は持参のものを使い、火は決められた場所だけで扱うこと。

水を使ったら桶を満たして戻すこと。

条件を聞いて、四人は礼を言った。


エリゼーが荷を下ろすと、肩がじんとした。

仕事机に座る一日とは、疲れ方が違う。


窓の外には、町の灯りが一つも見えなかった。


「遠くへ来たね」

ハインツが隣で言う。

「まだ初日よ」

「初日だから、かな」

彼は少し笑った。


ジュリアが奥から呼んだ。

「水桶を運ぶのを手伝ってください」

エリゼーは立ち上がった。

旅は景色を見ることだけではない。


今日使ったものを、次に来る人のために戻すことでもあった。

四人は正式に出立しました。

ヘルマンの案内も万能ではなく、その日の道と人々の情報を頼りに歩きます。

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