第三部 異郷の声 74 託すこと
同行したいという意思は、残る人への責任を忘れることとは違う。
ジュリアは自分の言葉で申し出る。
ジュリアは旅の話を聞いた夜、すぐに返事をしなかった。
自分の部署へ戻ると、未処理の照会を机の上に並べた。
返答待ちのもの。
写しを確かめる必要があるもの。
担当を引き継げば済むもの。
そのどれもが、机から消えてよい仕事ではなかった。
翌朝、彼女は上司へ面会を申し込んだ。
「しばらく、外の土地で記録に関わる人々の話を聞きたいと考えています」
上司は顔を上げた。
「保管室の仕事を辞めるということか」
「いいえ。休暇と職務の取り扱いを相談したいんです。承認されないなら、勝手に出かけるつもりはありません」
「誰と行く」
「エリゼー・ロタストさんと、その知人たちです」
上司は名前を書き留めたが、即答しなかった。
「仕事を残さずに済む方法を考えてこい」
「はい」
ジュリアはその足でエリゼーを訪ねた。
「私、旅に行きたいです」
声が少し震えていた。
「本当に?」
「ええ。でも、認めてもらえるかはこれからです」
彼女は二枚の紙を差し出した。
一枚は手元の仕事の一覧、もう一枚は、彼女が出かけた場合に必要な連絡先と確認事項だった。
「私がいない間、今扱っている記録のことを誰かが聞きに来るかもしれません。そのとき私しか分からないままにしておくのは嫌なんです」
「よく考えたわね」
「まだ足りません。教会の外へ行くことが、教会の仕事を軽く見ることにならないようにしたい」
エリゼーは返事を急がなかった。
ジュリアの意思に喜びを感じると同時に、自分が彼女を誘い込んだのではないかという怖さがあった。
「私のために行くの?」
「いいえ」
ジュリアはきっぱり答えた。
「あなたから学びたいことはあります。でも、それだけならここにいればいい。私が自分で見て、聞きたいんです」
「それなら、私はあなたに、行ってほしいと言う前に聞かなければならないわね」
「何を?」
「行くことを選んだあと、帰ることも選べるかどうか」
ジュリアは少し驚いてから頷いた。
「そのことも相談したいです」
***
昼、若い書記が机の前へ来た。
前に自分の誤写を申し出た書記だった。
「聞きました。ジュリアさんは旅へ?」
「まだ決まっていないのよ」
「でも、行くつもりなんですね」
ジュリアが頷くと、書記は二人の机を見た。
「それなら、私も教わっておかなければ。あなたが作った一覧、私にはまだ読み方の分からない欄があります」
「今、説明しましょうか」
「今日は時間がありません。明日の朝なら」
「では、明日」
書記は出ていこうとして、戸口で振り返った。
「私は今まで、ジュリアさんが来ると仕事が増えると思っていました」
ジュリアが目を丸くする。
「そうですか」
「でも、何を確かめればよいかが分かるようにもなりました。だから今度は、私ができることを増やしたいです」
「無理に全部覚えなくていいですよ。必要なことを一つずつ」
書記は、以前自分が言いそうだった言葉だと気づいたのか、少し笑った。
誰かに引き受けてもらうことは、相手の時間を借りることだった。
ジュリアは引継ぎ表の端に、書記の都合を書き加えた。
エリゼーはその手元を見ていた。
若いころの自分なら、親切のつもりで全部説明し始めただろう。
今のジュリアは、相手がいつ受け取れるかを先に聞いている。
帰り際、ジュリアは廊下でジャックに出会った。
「旅へ行くかもしれないそうですね」
「誰から?」
「担当の方が、祈りの習慣について尋ねるなら私にも協力できるか、と」
「まだ、許可は下りていません」
「それなら急がなくていい。行くことが決まったら、帰ってきたときに話を聞かせてください」
ジャックはそう言って歩き去った。
ジュリアは、その言葉を嬉しく受け取った。
その晩、彼女は宿の机で紙を開き、旅に出る理由を書いた。
知らない祈りの音を聞きたい。
それを唱える人の暮らしを見たい。
仕事に役立つ何かを持ち帰れたらよい。
最後にもう一行、書き足した。
自分が見てきたものが、誰かにとって必要とは限らないことを忘れない。
数日後、上司から短い返事が届いた。
職務上の責任が引き継がれること、許可された私的な旅として扱うこと、教会を代表して公式の調査結果を発表しないこと。
そうした条件を確認したうえで、日程の相談に入ってよいというものだった。
出発日はまだ決まっていない。
ジュリアは条件を読んで、胸が騒ぐのを感じた。
いざ可能性が現れると、旅へ行きたいと願っていた自分が、どれほど仕事の安定を頼りにしていたか分かった。
同じ道を歩くつもりの人はいる。
けれども、朝起きて荷を持つのは自分だ。
不安は許可が下りれば消えるものではなく、選ぶことと一緒についてくるのだろう。
ジュリアは返事を折りたたみ、まずエリゼーへ見せに行った。
「これで、行けるかもしれません」
「ええ。あなた自身が選んだ道ね」
ジュリアはようやく笑った。
「だから、ちゃんと歩きたいんです」




