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第三部 異郷の声 72 祈りの輪

祈りに集う人がすべて魔法を使えるとは限らない。

むしろ、その違いを知りながら隣に立つ人々がいる。

挿絵(By みてみん)

翌日の夕方、ヘルマンが四人へ小さな集まりを知らせた。

北門を出た先の共同井戸で、旅の安全を願う祈りが行われるという。


「有名な祈祷者が来るの?」

ジュリアが尋ねた。


「いえ。近くで暮らす人たちが集まるだけです」

「それでも、見せてもらえるなら行きたい」

「聞いてみます。人が少ない方が落ち着く祈りもありますから」


ヘルマンは先に井戸へ向かい、集まりを預かる女に事情を伝えた。

女は四人の姿を確かめてから言った。

「一緒にいても構わないよ。ただし、皆が黙っているときは、黙っていておくれ」


井戸の周囲には石を積んだ低い縁があり、濡れた布や小さな器が並べられていた。

男が一人、縄の傷んだ桶を取り替えている。


子どもたちは古い桶を水場から運び、そこでようやく遊び始めた。

女は井戸の縁を手でなぞり、ゆっくり息を吸った。

集まった人々は、膝をつく者も、立ったまま手を合わせる者もいた。

誰か一人が全員を導こうとしているようには見えない。


祈りの言葉は短かった。

エリゼーには聞き慣れない音も交じっている。

しかし意味を尋ねる前に、隣の老人が足を痛めて座り込んでいることに気づいた。

ハインツが目で問い、老人が頷くのを待って椅子を寄せた。

ジュリアはその椅子の脚に小石を入れ、ぐらつきを止める。

女は何も言わず、祈りを続けていた。


しばらくして井戸の綱が小さく鳴った。

風に揺れただけだった。

誰もそれを奇跡と呼ばなかった。

それでも祈りの終わりには、皆が同じように静かに息を吐いた。


***


祈りの後、女は井戸の水を桶へ汲み、道を行く家族へ分けた。

エリゼーは尋ねた。


「あなたが祈りを導いているのですか」

「皆で祈っているんだよ。私が最初に声を出すことはあるけどね」


「魔法を使える人も?」

「この輪にはいないよ」

女はごく当たり前のように答えた。


「昔はいたと聞くが、今は誰も発現させられない」

「それでも、毎週集まるのですね」

「集まらなかったら、誰が井戸を掃除するんだい」

女は笑った。


「冗談だよ。掃除は掃除で、祈りは祈りさ。でも、隣の家の灯りが三日つかないのに気づけるのは、一緒に集まるからだ」


井戸の縁で待っていた若い父親が、子どもを抱き直した。

「先月は、ここへ来るたびにお湯を分けてもらいました。子が熱を出してね」

女は頷いた。


「今度はお前さんが、別の人の桶を持っておやり」

男は少し照れた顔で、古い桶へ新しい縄を通した。

誰も彼を祈り手とは呼ばなかったが、その手つきは丁寧だった。


一人の老人が女の言葉を引き取った。

「わしの妻が熱を出したとき、ここで話してくれた人がいてね。魔法はなかったが、薬を運ぶ足はあった」

女が言った。


「効く祈りを買える家は買えばいい。それを妬んでいるだけでは水が汲めない」


「でも、買えない人もいますね」

エリゼーが言うと、女は真顔になった。

「そうだ。だから顔を見られる場所は要るんだよ」


ジュリアは鞄から紙を出しかけ、手を止めた。

前日の約束を思い出したのだろう。

女はそれを見て聞いた。


「何か書くのかい」

「できれば、祈りの話を忘れずにいたくて。でも、勝手に書いてよいとは思っていません」


女は少し考えた。

「井戸を直した年は、書いてもいいよ。人が来るたびに尋ねられるから。祈ったことは、忘れないでおいてくれればいい」

ジュリアは頷いた。


「それなら、書くのは井戸のことにします」

「変わった若者だね」

女はそう言って笑った。


そのとき、小さな子が転んで膝に土をつけた。

母親はすぐに抱き上げようとしたが、子どもは自分で立ち上がった。

ジュリアが布を渡すと、母親は礼を言い、汚れを拭いた。


子どもはまた走り出す。

女はその背を見送った。

「毎週、同じことを見ているようで、同じ子はいないんだよ。背が伸びて、できることも変わっていく」

エリゼーは井戸の輪に集まる人々が、それぞれの変化の目撃者なのだと思った。


帰り際、ヘルマンは古い桶を持ち帰る若者に声を掛けた。

井戸へ来る道が雨で掘れていると聞き、翌朝石を運ぶ約束をしたという。


「あなたもやるの?」

エリゼーが尋ねた。


「明日は別の仕事があります。でも、石の置き場所を教えることはできます」

彼は、できることだけを引き受けた。


帰り道、ジャックのいる教会の塔が遠くに見えた。

鐘はまだ鳴っていなかった。


それでもエリゼーには、井戸の縁に立つ人々の息遣いが耳に残っていた。

祈りが誰に届いたのか、彼女には分からない。

人と人の間で、今日確かに渡されたものがあったことだけは分かった。


ハインツが聞いた。

「君は、あの人たちの祈りをどう思った?」

「私の祈りが特別に孤独だったわけじゃないと知ったわ」


「それは良かったこと?」

「ええ。少し、寂しくもあるけれど」

二人はそのまま門をくぐった。

魔法を発現させられない人々も、共同体の祈りを担っています。

祈りと日々の奉仕が重なっていく場面です。

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