第二部 沈黙する記録 57 疑う資格
恩を受けた場所を疑うことは、そこで受けた助けを否定することだろうか。
教会の門の外に、古い靴を抱えた少年が立っていた。
靴底が外れかけ、紐も片方切れている。
少年は修繕所の場所を尋ねに来たらしいが、受付で説明を聞いているうちに、雨を避ける場所まで探すことになった。
エリゼーは通りかかり、少年を軒下へ案内した。
「歩いて来たの?」
「向こうの村から」
「ここへ用事が?」
「母さんが、ここなら助けてもらえるって」
少年は靴を抱え直した。
エリゼーは、門の内側へ案内する前に受付係へ事情を伝え、利用できる休憩所を確かめた。
そこでは誰がどの村から来たかを尋ねず、濡れた服を乾かすための布が用意されていた。
***
椅子に座った少年が、温かい飲み物を両手で包んだ。
エリゼーはその姿を見て、幼い日の自分を思い出した。
敵と呼ばれる共同体の側から救ってくれた人の手。
その人がいなくなったあと、教会は、助けを求めて来る人を、その人の生まれた側だけで分けなかった。
その事実がなければ、彼女は今ここで働いていなかったかもしれない。
救われたという記憶は、誰にどんな誤りがあったとしても、なかったことにはならない。
「この布、返したほうがいいですか」
少年が聞いた。
「使い終わったら、そこへ置いてね」
「また来てもいい?」
「困ったら、受付で相談してみて。私一人で何でも決められるわけではないけれど」
少年は少し笑った。
***
休憩所の係が、少年に乾いた布を一枚持ってきた。
「足を拭いてから履いてね。濡れたままだと、また靴擦れになるよ」
少年は素直に頷き、布を膝の上へ広げた。
雨で濡れた足には、細い擦り傷があった。
「痛い?」
「歩いてるときは、そんなに」
「それなら、帰り道では途中で休んでね」
係は、傷の手当てを受けられる場所を伝えた。
エリゼーは自分で何かをしてやりたい衝動を感じたが、布を持ってきた人の動きを邪魔しないよう一歩下がった。
その場にいる人を助けたいという願いは、時々、自分が助けた者でありたいという願いにすり替わる。
少年は彼女を見て言った。
「さっき、ありがとう」
「こちらこそ。道を聞いてくれてよかった」
「門の外に立ってたら、入っていいか分からなかったんです」
「知らない場所は怖いものね」
「ここは、怖くないと思っていいですか」
エリゼーは軽く答えかけ、立ち止まった。
誰にとっても絶対に安全な場所だとは、約束できない。
「困ったことがあったら、ここは人へ話していい場所よ。話が分からないことがあれば、別の人へも話して」
少年はそれで納得したらしく、布を畳んだ。
彼女は、安心を与えるという言葉の重さを思った。
昼過ぎ、ジャックが門の手伝いを終えたところへ、エリゼーは声をかけた。
「昔、この教会に助けられたことを、私、忘れたくないんです」
「忘れなくてよいと思います」
「でも、教会の記録を読んでいると、分からないことが増えるんです」
「分からないことを、分からないと認めるのは不信でしょうか」
ジャックは石段に腰を下ろした。
「あなたは、何を疑っているのですか」
「人間が間違えることを。あるいは、間違いを見たくないと思う自分のことを」
「神のことは?」
エリゼーはしばらく答えなかった。
風が通り、礼拝堂の扉が内側から小さく鳴った。
「神を信じたいんです」
「それで答えになっていますよ」
「でも、信じたいというのは、信じているのとは違うかもしれない」
「私にとっても、違う日があります」
彼女は驚いてジャックを見た。
祈る人にも、ためらう日はある。
その当たり前のことを、彼の口から聞くのは初めてだった。
***
少年は履いていた古い靴を、修繕係の前に並べた。
「母さんが何度も縫ってくれたんです」
係は縫い目を確かめた。
「上手に直してあるよ。でも、この糸は雨に弱い。次はもう少し丈夫なのを使うといい」
「うちでは、これしかなくて」
「それが悪いと言っているんじゃないよ。今からできることを考えよう」
係は自分の道具箱から丈夫な糸を取り、靴底の浮いた部分を留め直した。
少年はその手を真剣に見つめていた。
エリゼーは、いつか彼も誰かの靴を直す日が来るかもしれないと思った。
助けられた経験が、命令ではなく、別の人を助けたいという願いに変わることがある。
自分が教会で働いている理由も、ひとつにはそこにあった。
夕刻、少年が直った靴を履き、受付係が道中の休める場所を教えた。
誰かが一人で、すべてを救ったわけではない。
少年は靴を履き、石畳で何度か足踏みした。
「歩けそう?」
「うん。帰れます」
出ていく背中を、エリゼーは見送った。
自分が疑いを持つことで、今日の助けまで汚してしまうのではないかと、以前は怖かった。
けれども、少年の靴を直した人の仕事は、問いとは別に確かにあった。
教会の中には、人を助けようとする意志がある。
そのことと、教会のすべての説明が正しいということは、同じではない。
エリゼーは保管室へ戻り、翌日の仕事を書いた。
人々の善意も、記録の誤りも、一方だけを消して整理してはならない。
その難しさを引き受けることが、自分にできる信仰なのかもしれなかった。
教会への恩義と疑問を二者択一にせず、助けられた少年と実際に働く人々を通じて描きました。




