第二部 沈黙する記録 56 上位者の沈黙
返事が来ることと、知りたかったことが分かることは、別の出来事だった。
照会の控えを入れた封筒の端が、少し反っていた。
エリゼーは机の引き出しから取り出し、日付を確かめた。
カール・ライスターの魔法喪失について尋ねた最初の文書には、受領の印が押されている。
追加した質問にも同じ印がある
だが、回答はまだ届かない。
彼女は二つの控えを重ねた。
読めば読むほど気が急くので、読む回数を減らしていた。それでも、折に触れて日付を確かめたくなる。
***
午後、窓口から使者が来た。
「上の事務所からの返書です」
受取帳へ署名し、封筒を机へ置く。
エリゼーは封を切る前に、若い書記へ言った。
「新しく届いた分として記録しておいて」
「はい。お返事でしたか」
「まだ読んでいないから、分からないわ」
書記は頷き、別の仕事へ戻った。
開いた文書には、問い合わせを受け付けたこと、関連する報告を確認中であること、回答には所管部署の照会が必要だということが書かれていた。
カールがなぜ魔法を失ったのか、という問いへの答えはない。
彼女が求めた、記載の時刻を誰がどの資料から転記したのかという問いにも、まだ答えていない。
しかし、何も書かれていないわけではなかった。
確かめている場所があり、担当を越えて確認する必要があると述べている。
それを、隠している証拠と呼ぶことはできない。
***
使者が去ったあと、エリゼーは文書の封筒を裏返した。
宛先は正しく、封を閉じた跡に不自然なところはない。差出人の印も、届けられた経路も、通常の手続きに従っている。
若い書記がペンを持って来た。
「返書に書かれていることを、どこまで台帳に移しますか」
「まず受領の日付と、文書の種類だけ。内容は必要な担当者が確認することになるわ」
「『回答あり』ではなく?」
「そう。受領した返事はあるけれど、質問への答えが来たとは限らない」
書記はしばらく考え、「確認中の連絡」と記した。
エリゼーは、その文字を見て頷いた。
一語を変えただけで、次にその台帳を読む人の思い込みが変わる。
「もし、あとから正式な答えが来たら、この欄の下に書くんですね」
「ええ。今のものを書き消さずにね」
「答えが来なかったら?」
「来なかったという事実も、日付と一緒に残るわ」
書記はペンを置いた。
返事を出す側には、問いを受けてから処理する時間がいる。待つ側には、何を待っているのかを確かめる方法がいる。
どちらも、相手の内心を決めつけては分からないことだった。
エリゼーは書面を持って受付責任者のところへ行った。
「回答ではなく、照会状況の知らせのようです」
「そうですね。次の連絡を待ちましょう」
「進行中だという扱いで記録して構いませんか」
「はい。ここにある文言の範囲で」
彼女は紙を戻した。
「催促の文書は、いつ出せますか」
「期限の定めがありませんから、すぐに出しても進まないかもしれません。必要なら、まず担当部署に受領後の手続きだけ確かめましょう」
急ぎたいという気持ちだけで、別の人の机の上に紙を重ねても仕方がない。
頭では理解した。
それでも、引き出しを閉じたとき、金具の音がいつもより大きく聞こえた。
***
夕方、ジャックが廊下で彼女を呼び止めた。
「気になる顔をしていますね」
「返事が来たんです」
「よかった」
「何も分からなかった、と言いたくなります」
ジャックは続くのをを待った。
「受け付けたという連絡なのに、先へ進んだ気がしないんです」
「待つのは苦手ですか」
「たぶん、苦手になったんでしょうね」
以前なら、保管室に残る紙は数年でも待った。今日の疑問が明日解けるなど、期待していなかった。
今は、紙の向こうに苦しんでいる人がいるかもしれないと考える。
それが誰なのかさえ分からないから、なおさら落ち着かない。
「沈黙には、何かを隠す沈黙もあれば、まだ言える言葉がない沈黙もあります」
ジャックが言った。
「どちらなのか、私には分かりません」
「私にも分かりません」
エリゼーは顔を上げた。
言葉をそろえれば答えが出るわけではない。それでも、分からないことを一人で抱えている必要はなかった。
帰り際、受付責任者から預かった小さな伝言もあった。
もし次の返書で照会先が変われば、古い控えと一緒に新しい担当部署を記録するように、というものだった。
待っている間に人が替わることはある。机も部署も、決して一つの場所に留まってはいない。
エリゼーは宛先の変わる可能性を思い、控えをしまう袋の表へ、現在の照会先を明記した。
手間のかかる仕事だと思った。
同時に、この小さな手間がなければ、次に誰かが引き継ぐとき、問いそのものが迷子になるかもしれないとも思った。
答えを急ぐ自分と、答えを待てる形にしておく自分。その両方が必要だった。
夜、彼女は返書の到着日と、そこに記された確認先だけを記録した。
白紙だった欄に、一行が増えた。
その一行を、答えであるかのように扱わない。
いま自分にできるのは、それだけだった。
上層部からは受領と確認中の返事が届きます。
不十分さは残りますが、沈黙をただちに隠蔽の証拠とみなすことはしません。




