第二部 沈黙する記録 51 守るということ
一枚の紙を守ることと、その紙に答えを求める人を守ることは、いつも同じではない。
翌朝、エリゼーは昨夜書いた案内の草稿を、受付係の机に置いた。
書類の種類ごとに窓口を分け、申請のあと誰が確認するのかを簡潔に記しただけの紙だった。
「分かりやすくなりましたね」
受付係は読みながら、ある一行で指を止めた。
「ここには、『閲覧できない場合があります』と書いてあります。でも、それだけでは、拒まれたと思う人がいるかもしれません」
「そうね」
「資料が傷んでいる場合と、許可が要る場合とは違いますよね」
エリゼーは頷いた。
同じ扉が開かなくても、鍵を持つ人がいないのと、戸の向こうの床が抜けているのでは、意味が違う。
案内を二つの項目に分ける。失われた原本の代わりに写しで確かめられる場合があることも加えた。
彼女は草稿の末尾に、責任者の確認欄を作った。
自分の署名だけでは、ここから先へ進めない。
* * *
昼前、昨日父の名を探していた若い男が戻ってきた。
忘れ物をしたのかと思ったが、男が差し出したのは、折り畳まれた申請の下書きだった。
「昨日のうちに宿で書いたんです。でも、これでは駄目ですか」
父の名前の欄には、木札に残っていた文字だけが書かれていた。その下に、男自身の言葉があった。
――帰ってこなかった人を、帰ってきたことにするつもりはありません。ただ、どちらの記録が残っているのかを知りたいのです。
エリゼーは、その一文を二度読んだ。
「これも、大切な説明になると思います。ただ、申請として扱えるかは担当の方に確かめましょう」
「あなたが許してくれるんじゃないんですね」
「私の許可で見せられる資料ばかりではないの」
男の顔が少し曇った。
「父のことなのに」
言い返せる言葉がなかった。
名簿の中には、別の家族の住所や、事情を知られたくない人の記録も混じっている。男が求めているのは父の名でも、開いた頁が示すのは、その名だけではない。
「守るのは、紙だけですか」
男は静かに尋ねた。
その声は怒鳴り声よりもエリゼーを動揺させた。
「いいえ。そこに書かれている人も、読みに来る人も」
「だったら、私のことも忘れないでください」
彼女は返事を急がなかった。
「忘れません。だから、できる手順を途中でやめないようにします」
男はしばらく書類を見つめ、それから受付係の案内に従って席へ移った。
* * *
申請を担当する職員は、男の書いた文を読んだあと、関連資料を探すための地域名と、おおよその年代を追加で尋ねた。
エリゼーは横で、答える代わりに机の上へ紙を一枚差し出した。
男はそこに覚えていることを書いた。聞き伝えだった部分には、自分で小さく丸を付けた。
「丸を付けなくても構いませんよ」
職員が言うと、男は首を振った。
「これは、私が見たことじゃないから」
エリゼーは顔を上げた。
確かなことと、聞いたことを分けようとする手つきは、自分の机の上で毎日していることと同じだった。
手続きは受理された。ただし閲覧できるかどうかの判断は、まだ先になる。
受付係が差し出した控えの端には、申請を受けた日付が小さく記されていた。
男はそれを見て、自分の木札に目を落とした。
「これも、いつか古い紙になるんですね」
「そうですね」
「でも、昨日まで誰も知らなかった、僕がここへ来たことは残る」
彼は自分で確かめるように言った。
エリゼーは、封筒を渡すときに控えを湿らせないよう、乾いた紙を一枚挟んだ。帰り道に雨が降れば、文字がにじむかもしれない。
男はそれを受け取り、恐縮したように笑った。
「父を見つけたいと思って来ました。でも、母が長く話せなかったことも、今日、少し分かった気がします」
「お母様が?」
「家では、名前を口にするだけで昔へ戻ってしまうようだったんです。聞けば答えてくれると思っていたのは、僕の方だけでした」
エリゼーは、それ以上尋ねなかった。
尋ねないことは、知らないままにすることとも違う。相手が自分の言葉を選ぶ時間を、そこに残すことだった。
男は申請の控えを折り、懐へしまった。
「これで、昨日より先へ進んだんでしょうか」
「少なくとも、何を尋ねているかは残りました」
「父が見つからなくても?」
「はい。見つからなかったという知らせが来る場合もあります」
「そうですか」
男は小さく頭を下げた。
* * *
午後、エリゼーは案内の草稿を責任者へ提出した。
返ってきた紙には、赤い印が一つと、二箇所の修正指示があった。
説明できることを増やすのはよい。しかし、閲覧を保証する表現にしてはならない。
当然の指摘だった。にもかかわらず、少し胸が痛んだ。
彼女は原本を人の手から守ってきた。濡れた棚から移し、擦り切れた背を支え、誰が開いたかを残してきた。
今度は、開けない理由を説明するための紙を作っている。
それは矛盾だろうか。
窓の外で、先ほどの男が門を出るところが見えた。
自分より遠くの道を歩いてきた人が、まだ何も分からないまま帰っていく。
彼女は修正の赤い印に指を重ねなかった。
誰かに答えを渡すためには、ときに答えられない部分まで正しく伝える必要がある。
それを言い訳にしないようにしよう。
エリゼーは新しい紙を取り出し、まず最初の一文を書き直した。
父の消息を求める人と、他者の記録を預かる人。
どちらの願いも軽く扱わず、小さな手続き上の前進を描きました。




