第二部 沈黙する記録 42 神の返事
祈っても答えがないとき、人は神をどう考えるのか。
異なる答えを持つ者たちが、同じ庭先に立つ。
雨の後に伸びた草を、庭番が刈っている。
石畳の隙間には、小さな白い花が咲いていた。
庭番は手を止め、花を避けて草を束ねた。エリゼーはその手つきが気になり、少し立ち止まった。
「そこも刈ってしまえば、早いでしょうに」
「早いのと、望ましいのとは違いますから」
庭番は特別なことでもないように答えた。
その声を聞いていたのか、ジャック・ランスロが礼拝堂の扉から出てきた。
「お仕事の途中ですか」
「少し歩いていただけです」
「では、外の空気をご一緒に」
二人は庭の低い壁に沿って歩いた。
* * *
「昨日、祈りが叶わなかった日のことを聞きました」
エリゼーは自分から切り出した。
ジャックは歩く速さを変えなかった。
「そういう日もあります」
「それを、祈った人のせいにしてよいと思いますか」
「思いません」
返事は短かった。
「それでも、人は理由を欲しがります。私も欲しい。神の返事がない理由を、誰かの心の弱さで埋めてしまえば、問いが終わったように見えるからです」
エリゼーは彼の横顔を見た。
ジャックが何を知り、何を知らないのか、彼女にも分からない。
「神は、聞いているのでしょうか」
「私は聞いておられると信じています。でも、聞くことと、望みどおりに変えることを同じにしてしまうと、困る人がいます」
庭の奥で、小鳥が水を飲んでいた。
「祈り手の務めは、答えの代わりに立つことではないと思うのです」
「では何を」
「返事を待つ人のそばにいることも、務めの一つでしょう」
エリゼーは昨日の女性が話した椅子を思い出した。
* * *
庭の向こうから、熱い湯の入った水差しを運ぶ人が来た。
礼拝所で働く年配の女性だった。取っ手に巻いた布が緩み、器が少し傾く。
庭番が歩み寄り、差し出された布を巻き直す。
「魔法で持ちやすくしてもらえたらねえ」
女性が笑った。
「その前に、ちゃんと巻けばいいんですよ」
庭番も笑い、器を支えた。
彼らが去るのを見てから、ジャックが言った。
「神の力が現実に働くことは、私たちが見ています。そのことと、どんな助けも必ず魔法で与えられるということは、別でしょう」
「それなら、魔法が起きることの意味は何でしょう」
「私には、それをすべて言い切れません」
エリゼーは少しほっとした。
聖職者の口から分からないという言葉を聞くとき、安心することがある。
相手が何かを隠しているのではないかと疑う自分も、同時にいた。
信頼と不信は、簡単に交替してくれない。
* * *
夕刻、ハインツ・ホリガーが家へ来た。
彼は木箱の留め金を修理してきたと言った。
指先がまだ少し汚れていた。
エリゼーは手を洗うための水を用意した。
「今日はずいぶん静かだ」
「祈りについて考えていたの」
「君が?」
「私だって祈るわ」
「知っている。でも、何を願うかは、あまり聞いたことがない」
エリゼーは布巾を折った。
「昔は、私にも魔法が使えますようにって」
「今は?」
「誰かが苦しいとき、その人に必要なことを聞けますように」
ハインツは少し驚き、それから水気の残る手を彼女へ向けた。
「それは、お願いしなくても練習できそうだね」
「ええ。だから難しいの」
二人は笑った。
エリゼーは彼の指先を見た。爪のがまだ黒い。
「その留め金、直すのは難しかった?」
「思ったより。先に箱の持ち主が、曲がったところを無理に伸ばしていてね。元の形が分からなかった」
「どうしたの」
「使う人に聞いた。何が入っていて、どこを持つのか。そうしたら、前と同じ形である必要はなかったんだ」
ハインツは自分の手を開いた。
「丈夫にしたいって、僕が勝手に大きな金具を付けたら、持ち主は片手で開けられなくなっていたと思う」
エリゼーは笑いかけて、そのまま言葉を失った。
誰かのためという気持ちが本物でも、その人の手が届かないものを作ってしまうことがある。
「先に聞いたのね」
「うん。僕には、その人の暮らしが全部分かるわけじゃないから」
聞くことが慎重さであり、相手を信じることでもある。その簡単な働きを、エリゼーは今になって学んでいた。
ハインツは修理した留め金を卓上へ置いた。小さな金具が灯りを受けて光る。
「神様が返事をする前に、僕が答えてもいい?」
「何に?」
「君が聞いてくれたら、できるだけ正直に話すよ」
エリゼーは何も言わず、その手を取った。
誰かの答えを最後まで聞くことも、祈りの続きを生きる方法なのかもしれない。
そう思いながら、彼女は金具の光が暗くなるまで卓を眺めていた。
ジャックの信仰もエリゼーの疑問も、単純な正解ではありません。
祈りの外側で人が行うことにも目を向けます。




