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第二部 沈黙する記録 37 避難者の列

名簿の中の行には、移動を強いられた人の足音がある。

エリゼーは教会が守ったもの、守れなかったものを同時に見ることになる。

 挿絵(By みてみん)

朝早く、教会の門前に荷車が止まった。

 車輪の木枠が石に当たり、乾いた音がした。

 台所へ食料を届ける荷車だったが、軸の片方が緩み、荷が少し傾いている。


 エリゼーは保管室へ向かう途中、その横を通った。

 御者が困った顔で縄を引いている。


「お困りですか?」

 彼女が立ち止まると、御者は首を振った。


「重いのではないんです。ここを締め直せば動く。ただ、もう一人に車輪を見ていてほしい」


「それならできます」


 彼女は御者の指示に従って車輪の側へ回った。

 縄を締める間、車輪が動かないように手を添える。

 重い荷を持つことより、何をしてほしいかを聞くことの方が難しい日もある。

 修理が終わると、御者は息を吐いた。


「助かりました」


 エリゼーは服の裾についた土を払った。

 その短い仕事が、これから読む名簿を少し違って見せるとは、まだ思っていなかった。


 * * *


 避難者の名簿は、他の帳面より大きかった。

 町へ入った人の数を数えるため、頁には区切り線が引かれている。

 男、女、子ども、と分けられた古い欄もある。

 だが、その欄に収まらない人々の名前は、余白へ押し込まれていた。


 家族と離れて入った子。

 途中で別の集まりに移った人。

 到着したときに名前を言えなかった人。


 同じ人物について、後から呼び名が訂正されている箇所もあった。

 エリゼーは訂正した者の署名を確かめ、元の記載が残っていることを確認した。


 名前を直すことが、その人を消すことになってはならない。

 彼女の幼い日にも、敵か味方かを先に尋ねる大人がいた。

 自分を救った人が、どちら側の人間なのか分かる前に、手を取った記憶がある。


 その温かさと、名簿の中に引かれた線とを、同じものとして扱うことはできなかった。


 * * *


 昼過ぎ、教会の台所から子どもたちの笑い声が聞こえた。

 誰かが配られた焼き菓子を落とし、隣の子が半分を分けたらしい。


 書記が微笑んだ。


「昔の避難所にも、ああいうことがあったんでしょうね」


「そうだといいわね」


 エリゼーは名簿の端に記された小さな印を見た。

 そこには、受け取った寝具の枚数が付いている。

 人数に対して足りたのか足りなかったのかを、今すぐ判断することはできない。


 幼児が大人と同じ寝具を使ったのかもしれない。

 あるいは、何も受け取らずに夜を過ごした人もいたかもしれない。


「みんなに同じように配れたら、よかったでしょうね」


 書記が言った。


「ええ。でも、同じ数ずつが、いつも同じ助けになるとは限らないわ」

 エリゼーは昔、エランのために用意したものを思い出した。

 必要なものを聞くより先に、自分が差し出したいものを並べた日々だった。


 もし名簿を記した誰かがその場にいたなら、何を最も悔やんだだろう。

 彼女はその問いを、帳面の余白へ書き加えることはしなかった。


 午後、門の近くで、ジャック・ランスロが旅姿の人と話していた。

 荷車の通る道を尋ねられているらしかった。


 ジャックは身振りを交えて教え、相手が荷を持ち直すのを待ってから礼拝堂へ戻ろうとした。

 エリゼーに気づき、足を止める。


「今日は古い名簿ですか」

「ええ。昔の避難の記録を見ています」

 ジャックは門の外を一度見た。


「迎え入れた人数の記録でしょうか」

「それもあります。でも、人数だけではないんです」

「そうですね。数に入れられた側には、数になる前の暮らしがある」


 エリゼーは思わず顔を上げた。

 ジャックは続きを急がなかった。


 彼女がそれ以上話さないと見ると、軽く頭を下げて歩き去った。


 問いを話す相手がいるということだけで、秘密を明かしたわけではない。

 そう思うと、胸の内がわずかに軽くなった。


 * * *


 翌日の写し作業に備え、エリゼーは名簿の傷んだ箇所を一覧にした。

 誰の名前かが読めない頁もあった。

 その前後を見れば、同じ家族なのかもしれないと思える。


 けれども、思うだけで名前を補えば、後で探す人が間違った家へ辿り着くかもしれない。

 彼女は読めない文字に印を付けた。

 見えないことを見えることとして扱わない。

 保管人の仕事としては当たり前だ。

 それでも、その当たり前を守るたび、誰かを置き去りにしているような気持ちになる。


 夕暮れ、門前を通ると、朝の御者が戻ってきた。

 車輪は真っすぐ回っていた。


「うまくいきましたか」


「ええ。荷も全部、届けられました」

 エリゼーは頷いた。


 荷を届けられたという事実の中には、今日の朝に車輪を支えた自分の手も、ほんの少しだけ入っている。

 名簿に残らない手が、いくつもある。

 だからこそ、残った記録は丁寧に扱わなければならない。


 彼女は門をくぐり、静かになった廊下へ戻った。

避難の記録は、敵味方や人数だけでは語れません。

エリゼーの救われた記憶も、この読み方に影響しています。


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