第一部 灰の記憶 23 残された生活
離れたあとにも続く生活があります。いなくなった人の気配を、ものの配置や季節の変化から描きます。
一緒に暮らさなくなった日のことを、エリゼーは後に何度も思い返した。
激しい言い争いが最後にあったわけではない。
荷物は一度で運び出されず、何度かに分けて減っていった。
初めのうち、部屋が広くなったという実感さえなかった。
エランが使っていた椅子も、窓辺の小さな箱も、しばらくそのままだったからだ。
彼女が三十四歳から三十五歳へ移るころ、二人は同じ家で日々を過ごすことをやめた。
別々に暮らすという決定が、何を終わらせ、何をまだ終わらせないのか。
そのことについて二人は、十分に話せなかった。
* * *
最初の冬、エリゼーは二人分の食事を作った。
火にかけていた鍋をのぞき、ようやく気づいた。
こんなに要らない。
翌朝に食べればよい、と考え直して器を並べた。
けれども、食卓に一つだけ器があると、何かを忘れたような気がした。
一つの器を洗うのは簡単だった。
簡単になったことが、必ずしも嬉しいとは限らなかった。
仕事を終えて帰る道にも、変化があった。
以前は市場の端で、エランが好きな色の布を眺めることがあった。
いまは足を止めなくてもよい。
そう思いながら、結局同じ店の前で立ち止まる。
買うものがない。
彼はいつも、見ているだけでよかったのだ。
今になってその意味が少し分かる気がした。
* * *
家の鍵は、しばらく二つとも残っていた。
エランが急に戻ってくるためではない。
置き場所を変える理由が、まだ見つからなかっただけだった。
ある朝、エリゼーは戸口で鍵を取り違え、使わない方を錠穴に差し込んだ。
金具は途中で止まった。
力を入れれば回るかもしれないと思い、やめた。
鍵にはそれぞれ決まった形があり、合わないものを無理に入れれば傷む。
それほど単純なことを、なぜ今まで気づかなかったのか。
彼女は胸が苦しくなり、鍵を手にしたまましばらく戸口に立った。
その日、鍵を捨てることはしなかった。
保管室では、いつも通り紙が擦れる音がした。
エリゼーは書類を並べ、番号を確かめ、原本に手を加えずに必要な写しを整えた。
いつも通りできる仕事があることに救われた。
だが、いつも通りでいられる自分が、ひどく薄情に思える日もあった。
昼休みに同僚がパンを半分分けてくれた。
「食べないの?」
「食べるわ」
答えたものの、手をつけるまで時間がかかった。
エリゼーは、自分の苦しみを人に伝えるのが下手になっていた。
どうして別々に暮らすことになったのかと尋ねられても、誰かを悪く言いたくなかった。
エランを守りたいという気持ちは本当だった。
けれども、その気持ちに隠れて、自分が責められたくないという思いもあった。
心は一つの理由だけで動いてはくれなかった。
* * *
離れて暮らし始めたころは、必要な用件について言葉を交わすこともあった。
最初に、戸棚をどうするかという話になった。
エランは、二人で直したあの戸棚を置いていってよいと言った。
エリゼーは断ろうとした。
共同で直したのだから、どちらが持つべきか簡単には決められないと思った。
けれども、持ち運ぶには大きく、彼の新しい部屋には置き場所がないという。
「ここに置いてくれた方が助かる」
彼にそう言われ、初めて彼の都合として受け取った。
誰かのためにしてあげるのではなく、頼まれたことをそのまま引き受ける。
それだけのことが、こんなにも遅くなってからできるようになる。
戸棚の中に空きができても、彼女はすぐ別の物で埋めなかった。
見れば何かを思い出す。
しかし思い出さないために捨てれば、また彼の時間まで決めてしまう気がした。
* * *
どの品物をどちらが持つか。
以前に預けたものをいつ返すか。
そんな話はできた。
しかし、これからどうしたいのかという問いになると、二人は慎重になりすぎた。
エリゼーは、いつか落ち着いて話し合えると思っていた。
エランが何を望んでいるか、彼女が知らないままでいることを、時間が解決してくれるかもしれないと思った。
時間は多くのことを変えた。
季節が過ぎ、暮らす場所も通う道も少しずつ変わった。
ただ、話さなかったことが、自然に言葉へ戻るわけではなかった。
別々に暮らしている間、二人の知人たちは必要以上の詮索をしなかった。
それがありがたくもあり、困ることもあった。
「何か手伝うことはありますか」と尋ねられると、エリゼーは「大丈夫です」と答えた。
大丈夫ではない日もあった。
自分が困っていると伝えれば、誰かがエランを責めるかもしれない。
そんな予感を口実にして、誰にも頼らなかった。
かつて彼にしたことと似ているのではないか、と気づいたのはずっと後だった。
助けの受け取り方まで、一人で決めようとしていたのだ。
三十七歳になったころ、エランが別の土地へ移っていったことを、彼女は知った。
その知らせを受け取っても、すぐには悲しみが来なかった。
代わりに、道を一つ思い浮かべた。
一緒に歩いた市場から、どこか遠い町へ伸びていく道。
そこを誰がどんな荷物を持って歩いたのか、彼女には分からない。
知らないことを、もう尋ねない方がよいのかもしれない。
そう考えることも、まだ相手の代わりに決めているのではないかと気づいた。
* * *
ある夜、窓を少し開けて座ってみた。
エランが好んだように、外の音を聞く。
冷たい風が入った。
何を考えるでもなく、そのまましばらく座った。
寒くなっても、すぐには閉めなかった。
窓の外では誰かが笑い、遠くで荷車が石畳を鳴らした。
彼がそこにいなくても、彼の好きだった音は残っていた。
人と別々に生きることは、その人について知っていたことを失うだけではない。
知っていたつもりのことが、別の形で戻ってくることでもあった。
エリゼーは窓を閉めた。
閉めるかどうかを、自分で決めた。
その小さな選択さえ、彼と暮らしていた頃には十分に分け合えていなかったのかもしれない。




