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第六部「異なる岸の記録」 223 戻ってくる場所

朝の光の中では、昨夜の近さが少し違って見える。

部屋へ戻った二人は、向かいの寝台へ座る。

今度は、触れる前に話しておきたいことがある。

ハインツは部屋へ入ると、ゆっくり寝台へ腰を下ろした。

エリゼーが扉を閉める。

外の風が途切れ、二人の衣擦れが近くなった。


「腕は?」

彼女が尋ねた。

「今は、少し休めれば大丈夫」


エリゼーは頷き、彼が楽な位置を探す間、自分の寝台へ座った。

昨夜、ここを渡って彼の隣へ行った。

明るいところで見ると、距離は驚くほど短かった。


ハインツが窓から顔を戻した。

「昨日のこと、困っていない?」


彼女は彼を見た。

「どのこと?」


分かっているのに尋ねた。

ハインツは目を伏せかけ、もう一度彼女を見た。

「僕が、口づけたこと」


エリゼーの胸が速くなった。

昨夜は暗さに助けられていたのだと思った。

今は、相手の目も、自分の迷いも隠しにくい。


「困っていないわ」

彼女は答えた。

「私も、そうしてほしかった」


ハインツの肩から、わずかに力が抜けた。

その変化が嬉しくて、同時に申し訳なくなった。

彼も朝から、答えを待っていたのだろうか。


「言葉にしなかったから、分からなかった?」

「分かったつもりではいた。でも、聞きたかった」


エリゼーは頷いた。

触れ合ったことを、相手の答えのすべてにしなかったのが嬉しかった。


ハインツは左手を膝へ置いた。

「ここにいてほしい。腕のことを手伝ってほしいからじゃなくて」


彼女は自分の指を重ねた。

聞きたかった言葉だった。


それなのに、もっと先の言葉まで待ってしまう。

ここに、というのは船室のことなのか。

この旅のことなのか。

旅が終わってからも、なのか。


今それを尋ねれば、彼は困るかもしれない。

エリゼー自身にも、未来を一息に答える用意はなかった。


「私も、あなたのそばにいたいわ」

彼女は言った。

「何かしてあげられるときだけではなくて」


ハインツは頷いた。

二人の言葉が同じところへ届いたようで、エリゼーはようやく息を吐いた。


「少し、こちらへ来る?」

彼が尋ねた。


エリゼーは立ち上がり、彼の左側へ腰を下ろした。

昨日より自然に座れたが、肩が触れるとやはり緊張した。

ハインツは彼女の手を取り、しばらく指を見ていた。


「昼間だと、何か違うね」

「顔が、よく見えるからかしら」

「そうかもしれない」


彼は笑った。

エリゼーも笑い、彼の肩へ額を少し寄せた。

上着越しに体の温かさが分かる。


ハインツの左手が彼女の背へ回った。

強く抱き寄せるのではなく、そこにいてよいと知らせるような手だった。

彼女は自分から近づいた。


二度目の口づけは、昨夜より少し長かった。

離れると、彼の息が頬に触れた。

エリゼーは目を開け、近くにある彼の目を見た。


何か大切な言葉が、そこまで来ている気がした。

けれど、ハインツは彼女の髪をそっと整えただけだった。

エリゼーも、その手を受け止めて黙っていた。


やがて彼が姿勢を変えた。

彼女は右腕に負担がないか確かめ、少し離れた。


「横になって休む?」

「うん。少しだけ」


エリゼーは自分の寝台へ戻った。

ハインツが横になるのを見てから、窓へ顔を向ける。

部屋に戻ってきてよかったと思った。

口にできなかったものも残っているが、昨夜のことを二人とも望んでいたと分かった。


「エリゼー」

呼ばれて振り向くと、彼は眠そうな目をしていた。

「ありがとう。話してくれて」


彼女は頷いた。

その名前の呼び方を、もう一度聞きたいと思いながら、今は彼を休ませておいた。

昨夜の触れ合いを、二人は自分の言葉で確かめました。

そばにいたいという気持ちは、互いに届いています。

その先を何と呼ぶかは、まだ言葉になっていません。

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