↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/231

第六部「異なる岸の記録」 220 見上げる朝

見えるところにいる人へも、尋ねずに決めてしまうことがある。

近くにいるからこそ、気になる沈黙がある。

四人は、少し離れた場所から互いを見ています。

早朝の風は、昨夜よりも冷たかった。


エリゼーは上着の前を合わせ、甲板へ出た。

ハインツが後ろから来る。

二人とも、昨夜のことに触れなかった。

目が合うと、それだけで少し笑ってしまう。


上の方で、短い声がした。

エリゼーが顔を上げると、マストの高いところに船員がいた。

足場を確かめながら、両手を動かしている。

下から別の船員が返事をした。


ハインツが思わず一歩近づこうとし、通る人を見て止まった。

二人は作業の邪魔にならない位置で見上げた。


「そこから、何が見えるんですか」

彼が声をかけた。


上の船員はすぐには答えなかった。

手元の作業を終え、こちらへ顔を向ける。


「今なら、海と、甲板からこっちを見上げている二人です」


下から聞くと、少し笑っているような声だった。

エリゼーも笑った。

彼女たちにとっては遠いところにいる人でも、相手からは二人がよく見えているらしい。


「怖くないんですか」

エリゼーが尋ねた。

「怖がらずに済むように、足と手を確かめています」


答えは短かった。

彼は再び手元へ目を戻した。

エリゼーは、怖くない人だから上にいるのだと考えていたことに気づいた。


「お名前を、聞いても?」

ハインツが言った。

「ニルス。ニルス・ベックです」

「僕はハインツです。こちらはエリゼー」


エリゼーは片手を少し上げた。

ニルスは手を離さず、顔だけで頷いた。


名前を聞くために相手の手を止めさせなくてよかったと思った。


「いつも、そこへ上がるんですか」

ハインツが尋ねると、ニルスは笑った。

「用があるときに。景色を見に来ているわけじゃありませんよ」


ハインツは肩をすくめた。

「すみません。見ていたら、気になって」

「声は届きますよ。でも、今はこれを済ませますので」


二人は礼を言い、それ以上は尋ねなかった。

ニルスはまた体を動かした。

見ているだけのエリゼーの肩にまで力が入る。


「僕なら、下を見ないようにしてしまうよ」

ハインツが小さく言った。

「見なければいい、というものでもなさそうね」


エリゼーは彼の手元を見た。

右腕を無理に動かすことなく、彼は体の近くへ保っていた。

高いところを見たあとでは、自分たちの立つ甲板が急に広く感じられる。

それでも、足元の揺れがなくなったわけではなかった。


風が強く当たり、エリゼーは身を縮めた。

ハインツが左手を差し出す。

昨夜の寝台の間で見たのと同じ手だった。


彼女は指を重ねた。

今度は、触れるまでに長く迷わなかった。


「冷たいね」

「あなたもよ」


二人は手を握ったまま、少し歩いた。

誰かが通るときには離れ、通り過ぎるとまた指が触れた。

続けて握っていなければ消えてしまうものではないように思えた。


「よく眠れた?」

エリゼーは尋ねた。

「途中から。君が寝台へ戻ったあと、しばらく起きていたけど」

「眠れなかったの?」


ハインツは少し困ったように笑った。

「目が覚めていた。嬉しかったのかも」


エリゼーは顔を下げた。

冷たいはずの頬が熱くなった。

彼の返事が胸に残り、次の言葉がすぐには出なかった。


上から声がした。

ニルスが下の船員へ呼びかけている。

二人は道を空け、また見上げた。


朝の光の中に、マストと帆が伸びていた。

その上で、人が働いている。

エリゼーは隣のハインツの手を、もう一度だけ握った。

甲板員ニルス・ベックとの短い会話が、二人の朝に加わりました。

作業は続き、二人はその下を歩きます。

昨夜触れ合った手を、今朝は自然に重ねられました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。