第六部「異なる岸の記録」第219章 夜食の半分
眠れない夜には、少しの空腹がはっきりする。
食堂の灯りの下で、二人は互いの足音を聞く。
分けるものは、パンだけではない。
ジュリアが部屋を出ると、隣の扉も開いた。
ヘルマンが顔を出し、彼女を見て足を止めた。
「起こした?」
「いいえ。眠れなくて」
「僕も」
二人は廊下で顔を見合わせた。
灯りは低く、昼間より声を落として話したくなる。
船が揺れ、ジュリアは壁へ手を添えた。
「食堂へ行こうと思ったんだ」
ヘルマンが言った。
「あの棚をね、私も思い出して」
「ふふ」
彼は笑ったが、笑い声をすぐ小さくした。
ジュリアは一人で空腹を確かめに行くところを見られたようで、少し恥ずかしかった。
けれど、同じ理由で出てきた人がいると分かると、廊下が歩きやすくなった。
食堂には弱い灯りが残っていた。
厨房の戸は閉まっている。
案内された棚に、布をかけたパン、切り分けたチーズ、干し林檎があった。
ヘルマンは二人分の器を取り、ジュリアが水を注いだ。
昼とは違う静けさだった。
器を置く音が大きく響き、二人は同時に手を止めた。
それから、また笑った。
パンは夕食のときより固く感じられた。
ジュリアは小さくちぎり、チーズと一緒に口へ入れた。
塩気が広がると、本当に空腹だったのだと分かった。
「夜中に食べると、違う味がするね」
ヘルマンが言った。
「誰にも見られていない気がするからでしょうか」
「僕には見られてるけど」
ジュリアはパンを持ったまま彼を見た。
ヘルマンはすぐに視線を自分の皿へ戻した。
からかったつもりなのだろう。
しかし、言われると急に、二人きりで食べていることが意識に上った。
「部屋では、何をしていたの?」
彼が尋ねた。
「窓を見ていました」
「暗かっただろう」
「自分の顔の方が、よく見えました」
ヘルマンは笑わなかった。
「僕は、部屋の音を聞いてた。ひとつ鳴るのを聞くと、次に来るのを待ってしまって」
「私も、そうです」
ジュリアは水を飲んだ。
同じ船の音を、隣で彼も聞いていた。
自分だけが落ち着けないのではなかった。
「一人の部屋は、嬉しかったんです」
彼女は言った。
「なのに、扉を閉めたら、誰かの足音を待っていました」
ヘルマンは指でパン屑を集めた。
「僕も、甲板から戻るのを少し遅らせた」
「船員の仕事を見るためでは?」
「それも。本当に見たかった。でも、それだけでもなかった」
彼が言い直したことが、ジュリアには嬉しかった。
用事を一つ用意しなくても、今夜は戻りたくなかったと言える。
自分も、窓を見ていた理由をきれいに説明する必要はない気がした。
干し林檎の一切れを取る。
ヘルマンも同じ皿へ手を伸ばし、指が触れそうになった。
二人とも引っ込めたので、林檎だけが残った。
「どうぞ」
「きみが先に」
彼女はその一切れを割った。
片方を彼の皿へ置く。
ヘルマンが顔を上げた。
「半分だと、甘さも半分かな」
「味は変わりません」
答えてから、夕食でも似た返事をしたと思い出した。
今度はジュリアも笑った。
ヘルマンはその笑いを見てから、林檎を口へ入れた。
食べ終えても、すぐには立たなかった。
揺れは続いている。
けれど、向かいに誰かがいれば、音が鳴るたびに身構える必要はなかった。
「少し、眠くなった?」
彼に聞かれ、ジュリアは頷いた。
「はい」
「じゃあ、戻ろうか」
彼女は立ち上がるのを少しためらった。
眠れそうなのは本当だった。
もう少し話したいのも、本当だった。
器を片づけ、二人で廊下を戻った。
部屋の前でヘルマンが振り返る。
「おやすみ、ジュリア」
「おやすみなさい」
名前を添えられたことに、彼女は扉を閉めてから気づいた。
窓にはまだ自分の顔が映っていた。
ジュリアはその顔へ近づかず、寝台の方へ向かった。
同じ空腹と眠れなさを話し、二人は部屋へ戻りました。
夜食の林檎は半分ずつでも、味は変わりません。
別れの挨拶には、相手の名前が残っています。




