第六部「異なる岸の記録」 215 窓が動く
ひとりの部屋では、物音の聞こえ方が違う。
荷を置き、窓を見る。
船が動き始めたことを、二人は別々の部屋で知る。
ヘルマンは荷棚へ袋を収めたあと、椅子へ座った。
すぐに、座る向きが違う気がして立ち上がった。
小卓は動かせない。
椅子を寄せれば、通るところが狭くなる。
結局、元の位置へ戻した。
扉から窓まで、数歩だった。
こんなに短い距離なのに、何をどこへ置くかで歩きにくくなる。
道を案内するなら得意だが、自分ひとりの部屋を落ち着かせるのは別の仕事らしかった。
荷から地図を出しかけ、やめた。
今、広げて確かめる用事はない。
棚の留め具を閉めると、部屋の中ですることが急になくなった。
隣から、ごく小さな音がした。
ジュリアが何かを置いたのだろうか。
何をしているのか考えて、ヘルマンは自分に苦笑した。
一人になれたのに、もう隣の人を探していた。
寝台の端へ腰を下ろした。
椅子より体が低くなる。
窓の下の木に、細い傷が幾筋もあった。
前にここを使った人も、荷を置いたり、座り直したりしたのだろう。
この部屋は彼を待っていたのではなく、たまたま彼が入った場所だった。
それが、少し気楽だった。
ここでは誰も、どちらへ行けばよいかを尋ねない。
説明をしないまま、背を壁へ預けられる。
ヘルマンは靴先を見た。
ゆっくり息を吐くと、廊下の足音が聞こえた。
ジュリアは小卓の上を空けていた。
紙を置ける場所があることを確かめただけで、今書くつもりはなかった。
書類を収納へ収め、留め具を指で押した。
閉まった音を聞いて、もう一度引いてみる。
自分の部屋には、誰も返事をする人がいない。
戸締まりを確かめたことまで、ひとりで終えられる。
ジュリアは椅子へ座った。
窓の光が横から入り、卓の木目を照らしている。
窓に向かうには首を少し回さなければならない。
その角度が気に入った。
書こうと思えば書けて、外を見たいと思えば目を上げられる。
奥の部屋から、声がかすかに響いた。
言葉は分からない。
エリゼーとハインツのどちらが話したのかも、確かめるほどには聞かなかった。
二人が同じ部屋にいることは、自分とは関係のないことのはずだった。
それでも、今夜扉を閉じたあとにも誰かがいる部屋と、ここは違うのだと思った。
寂しいとは、まだ呼びたくなかった。
この静けさを欲しがっていたのも自分なのだ。
廊下で声がした。
船が出ると知らせる案内だった。
ジュリアは立ち上がり、窓へ近づいた。
閉じた窓の向こうには岸の壁があった。
壁の端を、何気なく目で追う。
足元の響きが変わった。
岸の壁が、窓の枠から少しずつずれていった。
ジュリアは片手を卓へ置いた。
部屋の中のものは動かない。
寝台も、椅子も、閉めた収納も、同じところにある。
その全部を載せて、自分が動いている。
彼女は思わず扉の方を見た。
誰かに、出た、と言いたかった。
しかし声を出す前に、隣で何かが軽く鳴った。
ヘルマンも気づいたのかもしれない。
ヘルマンは窓のそばに立っていた。
岸を見ていると、部屋が横へ動くような気がした。
自分の足で歩いていないのに、見ているものが遠くなる。
廊下へ出れば、四人で見送れるかもしれない。
そう考えたが、今この窓から見える変化を、途中で手放したくなかった。
彼は寝台の端へ手を置いた。
出航した。
誰かへ説明する前に、その短い言葉だけを自分で受け取った。
隣で椅子の脚が小さく鳴った。
ヘルマンは壁へ目を向けた。
ジュリアも同じように窓を見ている気がした。
確かめに行かず、彼はまた外へ顔を戻した。
岸の建物が、窓の外をゆっくり離れていく。
一人の部屋にいることと、一人で旅をしていることは、同じではなかった。
アルシオン号は岸を離れました。
ヘルマンとジュリアは、それぞれの窓からその変化を見ました。
三つの部屋が、同じ船の揺れを受けています。




