第六部「異なる岸の記録」 212 船の中の他人
慣れた場所では、考える前に体が動く。
知らない場所で足を止めたとき、その癖が初めて見えてくる。
ハインツは、船の上で自分の立つ位置を探す。
「今の声は、岸で作業している者への呼びかけです」
係員はエリゼーへ答え、それから四人を見た。
「皆さんへの案内ではありません」
ハインツは、袋へ伸ばしかけた手を戻した。
エリゼーが礼を言う。
係員は頷いたが、そのまま立ち去らず、彼らの後ろへ目を向けた。
「こちらを少し空けていただけますか。荷も一緒に」
示されたのは、今いる場所からわずかに寄せたところだった。
ヘルマンが先に荷を引き寄せ、ジュリアが包みを抱えた。
ハインツも左手で袋を持った。
そのとき、背後の足音が近づいた。
人を通すなら、先に脇へ退けばよい。
街道でも、混んだ道でも、そうしてきた。
彼は足音を確かめるより早く一歩退こうとし、袋の重みに引かれて踏みとどまった。
足元が陸と同じではないことを、今さら思い出した。
「そこで結構です」
係員の声がした。
「慌てずに」
ハインツは足を置き直した。
右手を添えたくなったが、袋を持ち替えるほどのことではなかった。
左腕を少し曲げて荷を体へ寄せ、指された場所へ運ぶ。
置いてから、通る人に背を向けずに済む位置へ立った。
二人の船員が通り過ぎた。
一人は四人を見て軽く会釈し、もう一人は前を向いたままだった。
彼らにしてみれば、道を空けてもらっただけなのだろう。
ハインツがどれほど注意して一歩動いたかなど、知る必要もない。
それが気楽なようで、ひどく心細かった。
「いま、後ろを見なかったね」
ヘルマンが小声で言った。
「音がしたから、避けようと思って」
「僕も同じ方へ動きかけた」
ハインツは彼を見た。
「二人とも退いたら、ぶつかってたかな」
「どうだろう。試さなくて済んだ」
ヘルマンは笑った。
ハインツも口元を緩めたが、袋の持ち手を握っていた指には力が残っていた。
手を開き、服の脇で一度こすった。
エリゼーがそばへ来た。
「今の場所でいい?」
「係員がそう言ったから」
「あなたの立ちやすさのことを聞いたの」
彼は足元を見た。
袋の位置を少し変えれば、両足を楽に置ける。
その小さなことを確かめる前に、説明を受けたと答えていた。
ハインツは袋を寄せ直した。
「これでいい」
「そう」
彼女は自分の荷を置いた。
手を貸すかとは尋ねなかった。
それをありがたいと思いながら、気にかけられているかどうか確かめたくなる自分もいた。
右腕のことを気にかけないでほしい日がある。
見ずにいてくれた人へ、見ていてほしかったと言いたくなる日もある。
今はどちらなのか、自分でもうまく言えなかった。
船員の足音は、もうかなり先にあった。
係員も次の用事へ戻っている。
四人の小さな移動のために、船の仕事が大きく変わった様子はなかった。
ハインツは港へ来る前の道を思い出した。
荷車が近づけば、誰かの肩へ手をかけることもあった。
危ないと思えば、声を出すより先に体が動いた。
そのたびごとは間違っていたわけではない。
助かったと言われたこともある。
けれど、ここではどちらへ避ければよいかさえ、初めから分かってはいなかった。
「何か言いたそうね」
エリゼーが言った。
「見てた?」
「顔を見たの」
「そんな顔だったかな」
「私には、そう見えた」
彼は少し考えた。
船に乗ったら何もできない人間になる気がした、と言えば大げさだった。
一歩退こうとして止まっただけだ。
それなのに、以前なら役に立ったはずの自分まで岸へ置いてきた気がしていた。
「避ける場所くらい、自分で分かると思ってた」
「私も、どちらへ動くのか見ていたわ」
「僕を?」
「ええ」
彼は彼女を見返した。
いつもの彼女を守ってあげなければという気持ちより先に、困った気持ちが来た。
自分を見ていれば安全だと考えられていたのなら、今はその期待に応えられない。
「僕が間違うこともあるよ」
「分かったわ」
エリゼーはすぐに答え、それから少し間を置いた。
「いま見ていたことまで、なかったことにはできないけれど」
ハインツは息を吐いた。
その答えを聞いても、頼られる嬉しさは消えなかった。
嬉しいからこそ、分かるふりをしてしまうのだろう。
ジュリアが二人の荷の間を見た。
「こちら、通れますか」
「僕が動けば」
ハインツは答え、今度は自分の後ろを見た。
人はいない。
袋の端も足にはかかっていない。
半歩だけ位置を変えると、ジュリアは包みを持ったまま通った。
誰も、その動きを褒めなかった。
彼も説明しなかった。
ジュリアはヘルマンのそばへ行き、二人で岸の方を見始めた。
「今のは、分かったんだ」
ハインツはエリゼーに言った。
「何が?」
「僕が動ける場所」
言ってから、子供の報告のようで恥ずかしくなった。
だがエリゼーは笑わなかった。
足元を見て、小さく頷いただけだった。
岸ではまだ人が働いていた。
船の上に、ハインツの名を知らない人はたくさんいる。
彼らは右腕の傷の来歴も、四人がここへ来るまでの道も知らない。
知らなくても、必要なときには道を空けてほしいと頼む。
ハインツもまた、その人たちの何ものをも知らずとも、どちらへ動けばよいかを尋ねる、それは至って単純なことだ。
彼は足を揃えず、少し離して立った。
エリゼーが隣にいることは分かっていた。
けれど、次に誰かが通るときには、彼女の足元まで自分のもののように決めないでおこうと思った。
四人は船側の指示に従って少し場所を空けました。
ハインツの右腕の状態は相変わらずで、慣れた身のこなしも新しい場所ではためらいになる、
その短い時間を描いています。




