第一部 灰の記憶 21 届かなかった助け
助けようとする者にも、助けてほしい者にも、言葉にできないものがある。二人の間に残ったのは、悪意よりも、その聞き取れなさだった。
エランが眠れなくなったのは、大きな出来事の翌日ではなかった。
夕食のあと、洗った皿を伏せ、灯りを一つ消して、いつもなら寝室へ向かう時刻に、まだ食卓のそばに座っている。
はじめ、エリゼーは仕事が残っているのだと思った。
「先に休んでいていいよ」
エランはそう言った。
それでもエリゼーは、眠る前にもう一度、湯を沸かした。
冷たい水より温かい飲み物の方が落ち着くかもしれない。
以前、自分が眠れなかった夜、家族はよくそうしてくれた。
湯気の立つ器を差し出すと、エランは礼を言った。
飲み干すまで、二人はほとんど話さなかった。
翌日も、その次の日も、彼が眠るのは遅かった。
エリゼーは帰りに香りの弱い草を買い、寝具を陽に当て、夜更かしをしないよう勧めた。
できることを数えている間だけ、何もできないという思いから離れられた。
* * *
ある朝、エランが戸棚の前に立ったまま動かなかった。
「どうしたの」
「何を取りに来たのか、忘れた」
彼は笑おうとした。
エリゼーも笑い返しかけて、やめた。
彼の指先が、取っ手に触れたままだったからだ。
「疲れているのよ」
口にしてから、また決めつけたと思った。
エランは何も言わなかった。
「今日は私が代わりに——」
「エリゼー」
呼ばれて、彼女は黙った。
「代わりにしてほしいことがあれば、言う」
「でも、あなたは言わないでしょう」
「言わないと決めたわけじゃない」
言葉は静かだった。
それだけに、彼女は返す言葉を失った。
何をしてほしいのか聞けばよかった。
けれども、尋ねて答えを得るまでの時間が、彼を苦しませているように思えた。
だから彼女は、彼の分まで急いだ。
仕事から戻ると家事を先に済ませ、食事の献立を考え、休日には休むようにと勧める。
彼女が動くほど、エランは家の中ですることを少しずつ失っていった。
それを、自分が作った静けさだとは、すぐには思えなかった。
* * *
ある夕方、エランは使い古した靴を修理してもらいに行くと言った。
「私が預けてきましょうか」
エリゼーが尋ねると、彼は首を振った。
「自分で行きたい。道の途中で、少し歩きたいんだ」
彼女は天気を心配し、雨が降ると危ないから明日にしたらどうかと言った。
エランは靴を手にしたまま立っていた。
「出かける理由まで、決めないでほしい」
彼女はその言葉を、しばらく理解できなかった。
靴を直すために出るのでなければ、何のためなのか。
問いを重ねようとして、口を閉じた。
翌日、エランは修理した靴を持ち帰った。
どの道を歩いたのか、彼は語らなかった。
エリゼーも尋ねなかった。
尋ねずにいることが尊重なのか、もう傷つきたくないだけなのか、分からないままだった。
* * *
エランが留守にしている時間、エリゼーは机に肘をつき、途中まで書いた買い物の覚え書きを見つめた。
必要なものを並べれば、暮らしは整う。
水、薪、食べ物、洗った布。
ところが、そこにはエランが窓辺で何を考えているのかを書き加える欄がない。
彼は以前、二人で何もしない休日を過ごしたいと言ったことがあった。
その日は晴れていて、エリゼーは寝具を陽に当てるのにちょうどいいと思い、家中の布を外へ運び出した。
エランも手伝ってくれた。
夕方には布がよく乾き、二人で満足したはずだった。
けれども彼の望んだ「何もしない日」が、そこにあったかどうか。
彼女は今になって考えた。
雨の夜、エランが初めて声を荒らげた。
「少し、放っておいてくれないか」
器を持つ手が止まった。
「何もしない方がいいの?」
「そういう話じゃない」
「私は、あなたが困っているから」
「困っていることを、君に預けた覚えはない」
彼は言い終えると、ひどく後悔した顔になった。
「ごめん」
エリゼーは首を横に振った。
謝られると、ますます何を言ってよいか分からなくなる。
「私も、ごめんなさい」
けれども自分が何について謝っているのか、その場ではうまく説明できなかった。
* * *
彼を傷つけたことなのか。
彼のためにしたことを拒まれて、腹を立ててしまったことなのか。
二つとも、本当だった。
その夜、エランは別の部屋で休んだ。
戸が閉まる音は、怒って叩きつけた音ではなかった。
ふつうに閉めただけの、ごく小さな音だった。
エリゼーはその音を、長く覚えていた。
翌朝、彼はいつも通りおはようと言った。
台所には、昨夜の湯を入れた器が伏せてあった。
自分で洗ったのか、と聞きかけてやめた。
彼のしたことを、一つずつ確かめなくてもよいはずだった。
二人で食卓に座り、窓から射し込む光を見た。
穏やかな朝なのに、彼女は何かを忘れている気がした。
忘れているのではない。
まだ聞けていないことがあるのだ。
その違いに気づきながら、口にする勇気は出なかった。
昨夜の続きは、どちらも始めなかった。
ひどい言葉を交わしたわけではないから、まだ間に合うと思った。
そう思うことが、翌日を生きる助けにもなった。
同時に、今日も聞かずに済ませるための理由にもなった。
朝の食卓で、エランはいつもの席へ座り、湯気の立つ器を両手で包んだ。
エリゼーは昨夜の言葉をもう一度口にしようか迷った。
「眠れた?」
結局、尋ねたのはそれだけだった。
「少し」
彼は窓の外へ目を向けた。
外には市場へ向かう人の足音がある。
食事が終わると彼は自分の器を洗い、布巾で丁寧に拭いた。
彼女が代わろうと身を起こすと、彼は小さく首を振る。
その動きを見て、エリゼーは初めて、助けを断ることにも相手の意思があるのだと考えた。
ただ、その考えを胸に置いたまま、実際にどう振る舞えばよいのかは、まだ分からなかった。
エランに本当に必要だったものを、彼女はまだ知らない。
知らないことを認める前に、知っているつもりで手を伸ばしてしまう。
幼い日に助けられたあの手は、立てるか、と尋ねてくれた。
そのことを思い出したのは、ずっとあとのことだった。
ここではエランの苦しみに一つの病名や理由を与えていません。助けたい側が、相手の声を聞くより先に行動してしまう危うさを残します。




