第五部「交易都市編」第五幕「港、決断、出航前の乗船」 208 岸と船のあいだ
たとえ渡る距離が短くても、人のためらいは測れない。ハインツは船へ近づく足を進めながら、選んだ旅が自分の身に届くまでの時間を感じる。
港に立つと、船は遠くから見たときより大きく見えた。
三本の檣は空を分けるように伸び、帆はまだ畳まれている。
アルシオン号の船腹に寄せられた荷が、一つずつ作業の手順に従って動く。
その音を聞きながら、ハインツは自分の袋の位置を少し変えた。
クララが四人を迎えた。
旅客としての受入れは確認できている。
ヴェリオス、タルマ、ロスカの順で寄港する予定だという説明も、四人は聞いていた。
しかし航路上に港があるからといって、そこでの船の作業、乗り降りの可否、視察に必要な時間まで確保されてはいない。
いま確かなのは、エストラーヴでアルシオンへの乗船案内を受けているということだけだった。
旅舎を出る前にエリゼーとジュリアは、教会の正式業務命令の控え書類、船の受入書類、四人が受け取った信用証券の受領控えを、互いに異なる種類のものとして確かめていた。
教会の仕事であることは、船長の判断を左右するものではない。
受領した初期費用も、この先の航海が安全に完了する保証とはならない。
そして、それは港の中のどこを歩いてよいという許可でもなかった。
「ここからはご案内に従ってください。貨物を動かしている場所と、皆さんが通る場所は分けてあります」
そう言い、彼女は荷役の動きが落ち着くのを待った。
待つあいだ、ジュリアが自分の控えと包みを確認した。
エリゼーは紙の包みが手元にあるか確かめる。
ヘルマンは作業している人々の顔を見てから、誰に聞けばよいか考え直しているようだった。
ハインツは四人の中で、自分だけが手持ち無沙汰なのだと思った。
しかし見れば、皆それぞれ違うことをしながら待っていた。
船から人が下りてくるのを見て、ハインツはその歩幅を無意識に測っていた。
慣れた人ほど急いでいるように見えない。
どこで足を止めるかを知っているから、余分に迷わずに済むのだろう。
自分にも、それを見習おうとする時間はあるはずだった。
旅へ出る者は常に勇敢に見えるかもしれないが、実際にその勇敢さに必要なのは、自分が知らない場であるということを認める、それなのだと思った。
「足元を見てください」
クララの声に、彼は顔を上げた。
船側の案内に従って進めると聞いても、動き出す人の列にはすぐ入れなかった。
できないからではない。
目の前の木の船腹が、いつの間にか想像上のものではなく現実になっていたからだ。
「君はいつも、決まったら歩き出せる人だと思っていた」
ヘルマンが小声で言った。
「僕もそう思ってた」
ハインツは正直に答えた。
「今日は少し違う」
「進みたくない?」
「進みたい。それでも、まだ怖いのかもな」
二人は顔を見合わせた。
片方が笑うと、もう片方も笑ってしまった。
ハインツは船と岸のあいだを見た。
目の前の距離は、道でなら数歩にすぎない。
ここへ来るまで、四人は多くの家と谷を通り、名を持たないまま別れた人たちを置いてきた距離を思い起こした。
旅先で受け取った言葉を、きれいな教訓に変えるためではない。
自分たちの知らない場所にも暮らす人がいる。
その既に知った当たり前の上に、もう一つ知らないところを見に行きたいのだった。
荷役の合図が遠ざかる。
クララは進んでよい時機を確認し、四人を作業の流れから離れた方へ導いた。
そこにどんな構造があるか、ハインツはまだ詳しく知らない。
見知った街道と違って、進んではいけない場所が見た目では分からない。
自分の足で立つには、他人の仕事を信じなければならないところがある。
そのことが意外に難しかった。
「急がなくて結構です。ただ、案内が始まったら私の声が届くところにいてください」
クララが言う。
「分かりました」
ハインツは答えた。
人の声を聞くことと、自分の意思を失うことは違う。
陸で守りを担ってきた自分には、その区別が今は曖昧になっていた。
誰かを先に行かせれば守れると思い、誰かの後ろに立てば責任を果たせると思う。
今はその順番も、船の仕事によって変わってくる。
エリゼーが彼の隣に来た。
「荷はどう?」
「いまは大丈夫」
「分かった」
彼女は歩みを合わせた。
ハインツは、そのことに安心したと言うべきか迷った。
言えば彼女が何かをしなければならないと思うかもしれない。
しかし言わなければ、彼女の選んだ配慮をなかったことにしてしまう。
「一緒に歩けて、助かる」
そう言うと、エリゼーは目を細めた。
「私も」
少し進んだところで、港側から声がした。
貨物の確認が残っているらしい。
クララは四人を止め、必要な確認が終わるのを待たせた。
ハインツは焦らなかった。
待つことが旅の失敗なら、この街で自分たちは何度失敗しただろう。
その分だけ、誰かと話す時間が生まれたこともあった。
海はすぐそばにあった。
岸壁の石の間で、水が小さく音を立てる。
波が見えなくても、船は水に浮かんでいる。
陸に足を置いた自分と船の間に、誰かが決めた境界がある。
その境界は、怖さを追い出すためにあるのではない。
怖さを抱いたまま通れるように、互いの仕事を分けるためにもあるのだ。
やがてクララが振り向いた。
「こちらへどうぞ」
ハインツは一歩進んだ。
先頭に立つ必要はなかった。
誰かの後ろに隠れる必要もなかった。
船へ向かう道の途中で、ただ自分の歩く速さを選んでいた。
乗船経路を船側の案内によるものとして描きました。




