第五部「交易都市編」第五幕「港、決断、出航前の乗船」 197 まだ見ぬ三つの港
地図の文字は、まだ行ったことのない世界を表す
ヘルマンは地図を見るとき、まず道を探す。
川沿いの道なら水の向きから
山道なら尾根の形から
およその歩き方を考えられる。
海の地図の前では、その癖が役に立たなかった。
紙に引かれた細い線を指でたどっても、そこを歩く人の靴は想像できない。
クララは予定航路の控えを広げた。
「現段階の計画です。寄港する順序を示していますが、実際の運航では変更があり得ます」
その前置きが終わるまで、ヘルマンは港の名を読まなかった。
エストラーヴを出たあとの最初の予定地はヴェリオス港。
次にタルマ港
そしてロスカ港。
その先にノルヴァ港の名が置かれていた。
四人にとってまだそれらの地名は、単なる音の並びにすぎない。
しかし誰かにとっては帰る家のある場所であり、荷を降ろす相手のいる場所なのだろう。
ヘルマンが案内してきた街道にも、同じように外からは読めない暮らしがあった。
「三つの港で必ず降りられるという意味ですか」
彼が尋ねると、クララは首を横に振った。
「寄港が予定されていることと
旅客がどの港で何をできるかは別の説明になります。
今は順番だけ確認してください」
「最後の港で、私たちは全員降りることになりますか」
「そこも、皆さんの契約や、その時点の取り扱いに関わります。
今日ここで決めたことにはなりません」
ヘルマンは、自分がわざと答えにくい問いをしたような気になった。
彼女に意地悪をしたかったのではない。
地図を持つ者は、道を知っているだけで責任まで預かった気持ちになる。
そんな自分の古い癖が、紙の上から顔を出したのだった。
「僕は、海の道を知りません」
そう言うと、ジュリアは
「知っていると言われるより安心します」と答えた。
「そんなに信用がない?」
「信用しているから、知らないと言ってほしいんです」
ヘルマンは言葉を返せなかった。
冗談みたいな言葉が、思いがけず核心に触れた。
ハインツは港名を口の中で繰り返していた。
言い慣れない名前を繰り返しても、遠さを小さくするための呪文にはならない。
エリゼーは末尾の名に目を止めていたが、それを見てから長く黙っていた。
皆がそれぞれ別の未来を紙の上に見ている。
同じ旅をすると決めたからといって、地名の向こうに求めるものが一致するわけではない。
「陸の道なら、分岐に差しかかったとき足を止められるけれど」
ヘルマンは言った。
「海は違うのかな」
「止まれるかどうかも、船側が決めることです」とジュリアが答えた。
彼は頷いた。
旅を続けてきた自分にも、分からないことが山ほどある。
それが悲しいというより、ようやく身軽になった気がした。
ヘルマンは最後に、三つの途中寄港地のうち、どこが最も遠いかを聞こうとした。
しかし、遠さを何で測るつもりなのか、自分でも分からなかった。
日数か、積み替える荷の量か、誰かの帰りを待つ長さか。
船の計画には順番があるが、順番だけでは距離は分からない。
「時間のことは、まだ決まっていないんですね」と尋ね直す。
クララは「いま確認できるのは、この順序です」と答えた。
それは期待した返答ではなかった。
けれど聞き直して良かった、と彼は思った。
分からない問いの中に答えがなくてよいものがあるのではなく
問いの立て方を変える必要があるものがある。
クララは予定航路の紙を畳み、四人に写しを渡した。
そこに書かれている港の名からは、今はまだどこにも気持ちは行きついていない。
ヘルマンは地図の余白に線を付け足さなかった。
旅が始まる前から、通った道のように描くのをやめた。
四人で部屋を出ると、港には相変わらず荷の音が響いていた。
陸の道も海の道も、誰かが仕事をして初めて通れる。
知らない場所の名前を覚えたとしても、そこへ行くことはまた違う。
ヘルマンはその違いを、今日、自分のものとした。
ヴェリオス、タルマ、ロスカの三つは途中寄港予定地、ノルヴァは計画上の終着港です。




