第五部「交易都市編」第五幕「港、決断、出航前の乗船」 191 港の朝
港は、旅人のためだけに動いているのではない。
朝の石畳は、まだ日の温みを受けていなかった。
ヘルマンが旅舎の戸を開けると、遠くから荷車の軸が軋む音が届いた。
海の匂いは、街を出る前からあった。
けれどそれは、旅に誘うような澄んだ匂いではない。
濡れた麻縄、古い木箱、魚と油と、人の働く場所の匂いだった。
昨夜、船からの返事は届かなかった。
だから今日も、受入れが決まったわけではない。
それを確かめるために港へ行くのだと、ヘルマンは自分に言い聞かせた。
道を知っていることと、その道を通れることは別だ。
四人に行き先を尋ねられれば答えられるが、今日は自分の答えが何も決めない。
ハインツは上着の留め具を左手で整えていた。
右腕を使わないわけではないが、無理に素早く動かすこともしない。
エリゼーはその手元を見て、何も言わなかった。
黙って見守ることと気づかないふりは違うのだろうと、ヘルマンは思った。
ジュリアは折り畳んだ照会文の控えを、自分の荷の内側から取り出した。
「窓口で求められたら見せるだけです。こちらから渡し切るつもりはありません」
誰への宣言でもなく、彼女は言った。
白潮河岸に近づくころ、四人の歩幅は自然にばらけた。
港へ向かう人々は、みな海を見ているわけではなかった。
店の帳面を抱えた女は向かいから来る男に数を叫び、運び手たちは道を開ける合図だけで大きな荷を曲がらせた。
旅人の四人は、誰かの仕事の流れの中では、ただ歩みの遅い者たちだった。
「ここで立ち止まらないでくれ」
短い声に、ヘルマンは脇へ寄った。
荷を担いだ若い運び手が通り過ぎる。
振り向けば、その青年もまた誰かに道を譲っていた。
叱られたのではなく、働く場所の約束事を教えられたのだと分かるまで、少し時間がかかった。
市港務院の窓口には、彼らより前に二組が待っていた。
一組は荷札の訂正を求め、もう一組は出航の順番を確かめているらしい。
紙を差し出すたびに、話は一歩進むというより、別の問いへ曲がっていった。
窓口のニコラ・デュレは、片方の話を聞きながら別の紙へ筆を置かなかった。
急いでいても、人の言葉を最後まで聞こうとする姿勢が見えた。
ようやく順番が来ると、ヘルマンは名を告げた。
「アルシオン号への条件照会の件です」
ニコラは紙束を確かめ、受け付けた記録を指で示した。
「預かったことは確かです。ただ、こちらが旅客の受入れを決めるわけではありません」
「船側に届いていますか」
「照会の控えは回しています。詳しい説明を受けるなら、船側の旅客担当に会うことです。条件はそこで確かめてください」
明確な返答だった。
それでも、旅が一歩進んだとは感じられない。
ヘルマンは礼を言い、窓口から離れた。
ニコラはもう次の人の話を聞き始めていた。
彼らの不安は、その人の一日の中の一件にすぎない。
それを冷たさと思うのは違う気がした。
港務院から出るとき、窓口の脇にいた女が紙を一枚落とした。
ヘルマンは反射的に拾いかけたが、その前に女自身がしゃがんだ。
「ありがとう。でも、順番が分からなくなるから」と言い、彼女は紙を手元の束へ戻した。
差し出しかけた手の行き先がなくなって、ヘルマンは少し恥ずかしくなった。
助けることがいつも早道になるわけではない。
昨日、四人の荷を先にまとめようとしたときにも、似たことを考えたはずだった。
慣れた土地では自分の判断を疑わずに済む。
だからこそ、知らない仕事の前では、何を知らないのかを見分けなければならない。
港務院の敷居は低かったが、越えるときには山の峠より足が重い気がした。
「船へ行く道は?」とジュリアが尋ねた。
「分かる」とヘルマンは答えた。
そして、少し置いて付け加えた。
「ただし、僕が案内できるのは、船側に声を掛けられるところまでだ」
ジュリアは頷いた。
その頷きに慰めはなく、境界を確かめた者の静けさがあった。
岸に沿って歩くと、貨物の陰から帆柱が幾本も見えた。
遠目には一つの森のように思えたものが、近づくほど別々の船の仕事に分かれていく。
ヘルマンは四人の先頭に立ちながら、いつもより何度も後ろを見た。
遅れた者がいないか確かめるためではなかった。
同じ方角へ歩いていても、四人が同じ心持ちでいるわけではないことを、自分の目で忘れないためだった。
第五幕の出発点は、旅人の期待より先に仕事が動いている港です。照会の受付と船側の旅客受入れは分けて描いています。




