第一部 灰の記憶 19 一緒に暮らす人
エリゼーにも、帰る家があり、そこで一日の出来事を待っている人がいました。
エラン・ロタストは、食事の途中でよく窓の外を見た。
雨が来そうなときには洗った布を気にし、夕焼けが濃い日には、話を止めてしばらく空を眺める。
エリゼーは初め、その習慣を不思議に思った。
何かを考えているのだろうと尋ねると、エランは笑った。
「見ているだけだよ」
「何を?」
「今日が終わっていくところ」
そんな答えが返ってきた。
エリゼーはそれを覚えていた。
結婚して同じ屋根の下で暮らし始めたのは、エリゼーが二十代の終わりに差しかかったころだった。
仕事を終えて帰ると、家には仕事とは別の順序がある。
湯を沸かし、布をたたみ、明日の食事の支度をする。
二人とも疲れている夜には、片方が先に椅子へ座り、もう片方が黙って器を並べた。
特別な日ではなくても、誰かと一緒に暮らしていることを確かめられる瞬間があった。
* * *
エランは、エリゼーが仕事の話を始めると、手を止めて聞いてくれた。
古い記録に残った文字が読めなかったこと。
何度も確かめた名前に、結局別の読み方が残ったこと。
同じ数を二人で数えても、時々合わないこと。
「そんなに違うものなのか」
「違うわ。だから残しておくの」
熱心に話し過ぎたと気づいて黙ると、エランは少し笑った。
「続けてよ。面白いから」
その言葉に救われた夜があった。
同じ仕事をしていなくても、自分が大切にしていることを聞いてもらえる。
それだけで、長い一日の疲れが違った。
エリゼーも、エランの話を聞こうとした。
その日見たもの、会った人、思いがけず腹を立てたこと。
けれども自分の仕事の話になると、どうしても口数が増える。
彼が話そうとしたときに、そのまま続けてしまったことが何度かあった。
エランは急かさなかった。
急かさないことに、エリゼーは甘えていたのかもしれない。
* * *
週に一度、二人は市場を歩いた。
何か買うものがなくても、露店を眺め、人の話し声を聞くのが好きだった。
エランが一つの品に興味を示すと、エリゼーはすぐ値段や使い道を尋ねた。
「ただ綺麗だと思っただけなんだ」
そう言われて、彼女は笑った。
役に立つかどうかを考えずに、何かを眺める。
自分にはあまりない習慣だった。
店の端には、色の違う小さな石が並んでいた。
エランはその中から一つを指で転がし、光にかざした。
買わずに戻しても、少し満足そうだった。
彼女はその横顔を覚えた。
人には、説明したい理由のない喜びがある。
一緒に暮らし始めた頃のエリゼーは、その喜びを自分も知りたいと思っていた。
ある夜、戸棚の蝶番が外れかけた。
エリゼーはすぐ修理しようとしたが、エランが手を伸ばして止めた。
「今夜はそのままでいい」
「明日、困るでしょう」
「明日、直せばいい」
「でも、扉が落ちたら」
エランは少し笑った。
「そうならないように、今夜は開けないでおこう」
エリゼーは言い返そうとして、やめた。
彼の言うことももっともだった。
壊れかけたものを見つけると、すぐに手を入れたくなる。
保管室では、それが仕事の妨げになると学んだはずなのに、家ではまだ難しかった。
翌朝、二人は一緒に蝶番を直した。
エランが板を支え、エリゼーが留め具を押さえる。
作業の途中で手が触れ、二人は顔を見合わせて笑った。
その笑い声が、狭い家の壁に柔らかく返った。
* * *
食事を終えたあと、エランが窓を少し開けておく夜もあった。
外から聞こえる足音や笑い声を、家の中で聞いていたいらしい。
エリゼーは寒くないかと尋ねた。
「少し寒いくらいが、ちょうどいい」
エランはそう言った。
エリゼーは上着を一枚増やして、隣へ座った。
窓を閉めてあげることだけが、相手を思う方法ではない。
その夜の彼女は、何も言わずに開いた窓を眺めていることができた。
彼女は、自分が誰かに必要とされることを幸せだと思っていた。
エランが風邪をひけば水を運び、帰りが遅ければ明かりを残した。
相手が困らないように、先に気づいて準備する。
そうしているうちに、自分の方が相手をよく知っているような気分になることがあった。
それは危うい考えだったと、後年になって分かる。
当時の彼女にとって、家はまだ、手を伸ばせば相手に届く場所だった。
ある晩、エランが寝る前に言った。
「今日は何も決めずにいても、いい日だったね」
エリゼーは彼の横顔を見た。
何も決めない一日。
そんな一日にも価値があるのかと考えた。
窓の外では雨が細く降り始めていた。
二人の間には、急いで埋める必要のない沈黙があった。
彼女はその静けさを好きだった。
いつまでも同じように続くと、思っていた。
エランとの生活には本物の幸福がありました。後の隔たりだけから二人の時間を描かないようにしています。




