第五部「交易都市編」第四幕「四人の距離とそれぞれの選択」 184 赦さないままの朝
解決していないことを抱えたまま、朝は来る。
赦しと、今日の自分の判断は、いつも同じ場所に置かれるわけではない。
エリゼーは朝、旅舎の洗面台で水をすくいながら、昨日の言葉を思い出した。
見るだけでもいい。
露店の人が何気なく言ったことを、なぜこんなに覚えているのだろう。
何かを見れば、その先まで引き受けなければならないと思ってきた。
見てしまった不幸を放っておく人を責め、何もできない自分まで同じように責めた。
その考えは、教会にいたころの祈りのように、長い時間をかけて身についた。
手を洗う水の冷たさで、今いる場所を思い出す。
エストラーヴの朝。
階下から鍋の音がする。
街の誰かが起き、今日も自分とは関係なく仕事を始めている。
それを考えると安心した。
世界が自分の判断を待っていると思うのは、傲慢にも、恐怖にも似ていた。
食堂でジュリアが帳面に印をつけていた。
「今日は何か決める日なの?」
とエリゼーは尋ねた。
「小さなことを、いくつか」
「大きなことは?」
「決められるようになったら」
ジュリアは紙から顔を上げた。
以前なら、エリゼーはこの答えを先延ばしと受け取ったかもしれない。
今日は、決められないことをそのままにするのも仕事なのだと考えた。
ハインツとヘルマンは港への道について話していた。
荷車が通る場所と、人が歩いてよい場所を区別しておきたいらしい。
自分たちが何に乗れるかも分からないうちから、道の話をしている。
その順番が不思議で、エリゼーは少し笑った。
「何かおかしい?」とヘルマンが言う。
「いいえ。今できることをしているのだと思って」
「それ以上のことは、まだ分からないからね」
その答えに、彼女はほっとした。
昼前、一人になったエリゼーは、持ってきた古い紙束を取り出した。
エランとの暮らしを記録したものではない。
仕事で使った覚えのある、余白の多い紙だった。
そこへ何か書こうとして、筆を止める。
自分の過去について、いつも結論を書きたがっている。
あの人を赦すべきだ。
自分も赦されるべきだ。
あるいは、どちらも赦されない。
選んだ言葉が立派であればあるほど、その紙の中に暮らした人々が見えなくなる。
彼女は筆を置き、窓を開けた。
市場の方から、売る人と買う人の声が届く。
値を下げてほしい声と、これ以上は下げられない声。
交渉がまとまらなくても、二人はまた別の相手へ向き直る。
暮らしでは、何もかもを赦しで終えるわけではない。
取引をしないと決めることもある。
ただ、その人の人生すべてを裁く権利を得たわけではない。
エリゼーは、エランに言われた言葉を思い返した。
自分の説明が長すぎる、と。
確かに長かった日もあった。
その一言を聞いて、自分が話すことそのものを恥じた日もあった。
どちらか一方の記憶だけを正しいと決めても、当時の二人が今戻ってくることはない。
彼がどう覚えているか、彼女には分からない。
分からないままで、自分の体の中に残った痛みを否定しなくてもよいのではないか。
午後、エリゼーはヘルマンの作った地図を少し見せてもらった。
「ここから港へ行くと、どのくらい歩くの?」
「どこまでを港と呼ぶかによるね」
ヘルマンが答えたので、二人は笑った。
距離を尋ねただけで、境界の話になる。
この街では何度も同じことに出会う。
一つの名前が付いていても、その内側に異なる暮らしがある。
「歩いて見てみようかと思うの」
とエリゼーは言った。
「今日?」
「まだ決めていない。外を見たいだけ」
「それなら、道を教えるよ。案内するかどうかは別にして」
彼女は頷いた。
誰かが手を貸してくれることと、代わりに決めてくれることを分けられる。
それがこんなに気楽だとは知らなかった。
夕食のあと、ハインツが体調を尋ねた。
エリゼーはしばらく考えた。
「元気よ。けれど、気持ちが晴れたわけじゃない」
「両方あってもいいんじゃないか」
彼はそれ以上説明しなかった。
エリゼーは、彼に賛成してもらいたいのか、それとも何か別の言葉がほしいのか、自分の中を探した。
すぐには分からない。
「私はまだ、赦したとは言えない」と言った。
ハインツは誰のことか尋ねなかった。
彼女がその名を出すまで、知らないままでいようとしているのかもしれない。
「それでも、ここから先のことは考えたい」
「うん」
「あなたたちと話して、決めたい」
ハインツは小さく頷いた。
それが彼女の求めた許可ではないと、彼女は理解した。
夜、エリゼーは古い紙を戻した。
赦さないと決めたわけでも、いつか必ず赦すと約束したわけでもない。
決めなかったことは、先へ進めない印ではなかった。
扉の外に置かれた靴が、翌日どこへ向かうかをまだ知らないのと同じだ。
彼女は灯りを消す前に、自分の靴紐を確かめた。
明日歩くなら、その足で歩く。
過去へ向かって何かを言い切らなくても、靴を履く理由はそこにあった。
エリゼーの回復を、赦しや和解の達成として扱いません。
エランへの連絡・再会も起こさず、今日の判断を自分で行うという小さな変化に留めています。




