第五部「交易都市編」第四幕「四人の距離とそれぞれの選択」 182 別々の船便
船を探している人が、皆同じ場所へ向かうわけではない。
同じ港で聞いた言葉も、持ち帰る人によって重さが変わる。
フランカ・ロジーニは、港へ近い通りで三度、同じ質問をした。
「荷と一緒に人を乗せる船は、どの程度まで安全を確かめてくれるのでしょう」
一人目は商いの話だと受け取り、金額を言った。
二人目は彼女を急ぐ旅人と見て、出る船の噂を教えた。
三人目は顔をしかめた。
「安全を確かめるって、何を確かめたいんだ」
ようやく欲しかった問い返しを受けて、フランカは答えに詰まった。
相手は年季の入った手で紐を結んでいた。
船乗りなのだろうと分かったが、どの船に属するかを尋ねる気にはなれなかった。
所属を知れば、その人の答えまで一隻の宣伝のように聞こえてしまう。
フランカは自分の考えを言い直した。
「途中で何か起きたとき、乗る人には、どこまで分かるんでしょうか」
「何かって?」
「風でも、荷でも、乗る人自身の具合でも」
「全部は分からないさ」
男は結び目を締めた。
「船に乗ってる連中だって、全部は分からない」
フランカは意地の悪い答えだと思った。
しかし、男は笑っていない。
「知らないことを、どうやって確かめるんです」
「分かっていることから聞くんだ。どこへ寄るつもりか、どんなときに予定を変えるか、荷が先なのか、人が先なのか」
「人は、後なんですか」
「そんな言い方も困る。先に積んだ荷を捨てていいとは、誰も簡単に言えない」
男の手が一度止まった。
「ただ、危ないものを危ないと言わない船なら、俺は勧めない」
フランカは聞いたことを覚えておこうとした。
用事を果たすため、いつか別の場所へ行かなければならない。
その義務を他人に説明すると、かえって逃げるように見られることがあった。
エストラーヴを離れたいから理屈をつけているのだ、と。
自分でも、離れたい気持ちが全くないとは言い切れない。
だが、行かなければならないことと、離れたいことは、互いを打ち消す理由にはならなかった。
男が尋ねた。
「いつ出るつもりだ」
「まだ、決めていません」
「どの船だ」
「それも」
「なら、決まってないと答えるのが一番安全だ」
その口ぶりには嘲りがなく、フランカは少し笑った。
決まらないことを責める人ばかりではないらしい。
「船乗りは皆、そんなふうに答えるんですか」
「人それぞれだよ」
彼は結んだ紐を手に取った。
「俺の言うことも、確かめた方がいい」
道を戻ると、港へ向かう人と都市へ戻る人が同じ石段を行き交っていた。
フランカは一段下りる人へ道を譲り、自分は上がった。
同じ階段を使っても、行き先は反対になる。
その単純なことが、今までなぜか見えなかった。
途中で紙を売る店に立ち寄った。
彼女は小さな紙片を買い、先ほどの問いを書きつけた。
出発日。
航路の変更。
荷と旅客の扱い。
病気やけがが起きた場合の相談先。
質問は増えたが、まだ答えは埋まらない。
それでよいと思えた。
紙片は、船を選んだ証書ではない。
尋ねるべきことを自分のものにしておくための、薄い紙だった。
帰り道、知り合いに呼び止められた。
「港へ行ってきたの? もう旅立つの?」
声の調子には驚きと、わずかな非難があった。
フランカは返事を急がず、足を止めた。
「行くために調べています」
「ここでのことは、どうするの」
「それを放り出して行くつもりはありません」
「でも、行くんでしょう」
言い切られて、心が硬くなった。
義務を果たしたいと話せば、その義務の中身まで説明しなければならないだろう。
その人に説明する権利があるのか、まだ分からなかった。
「誰かが逃げると思うなら、そう見えるかもしれない」
とフランカは言った。
「でも、私が何を引き受けて行くかは、私が確かめたい」
知り合いは気まずそうに唇を結んだ。
言い返さないことを許しと取らないよう、フランカも黙った。
夕方、港から吹く風は水の匂いがした。
出入りする船の姿は遠く、どれがどこへ向かうのか判別できない。
彼女は自分の紙片を見た。
白い余白の方がまだ広い。
これから聞くことは多く、そのどれも、他人に急かされてよい答えではなかった。
フランカは紙を折り、衣服の内側へしまった。
今日得たのは、行き先でも船名でもなかった。
自分が分からないままで乗ってはいけないものの輪郭だった。
それは出発する人間だけでなく
ここへ戻ってくる人間にも必要な知識のように思えた。
フランカが尋ねた船乗りの名前・所属、彼女の具体的な行き先は未確定のままです。
四人が調べている候補船便とは結び付けていません。




